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「雪割りの花」
昂からの贈り物
作:新羅 汝馳

 あれから、僕は東京で働いている。花織さんも、あの時、僕と一緒に上京したのだ。
 そんな二人が、上京してから一年が経とうとしている十二月二十四日、クリスマスイブ。
 街はクリスマス一色に着飾り、夜となると、仲のいいカップルがよく目立つようになる。僕と花織さんも、そんな一組であった。
 僕たちはビルの二階にあるレストランで、ディナーを取っていた。高級とは言えないが、僕の財布が許す限りの、贅沢な料理のはずだ。
 僕は、いささか緊張していた。目の前に並べられた肉料理など喉に通らず、赤ワインだけが減っていった。そんな僕とは対照に、花織はナイフ、フォークを見事に使って、一口サイズに切ったステーキを口に運んでいた。
 再び、僕はワイングラスに手を伸ばそうとした時だった。
「緊張してる」
「えっ?」
 思わず、伸ばした手を止めて花織を見た。いつの間にかナイフ、フォークを皿の上に置き、面と向かって僕を見ていた。
「三日前から、何かそわそわしてる」
「そ、そうだったかな……」
「その理由を、いつ話してくれるのか、ずっと待っていたのに」
「…………」
 言葉に困った。上京してから、彼女とは同棲している。僕が落ち着かないのを、彼女が気づかないはずはない。
 彼女の開口に、僕は話す心構えが付いた。
「二十日辺りに勇一さんが来たんだ」
「勇一さんが?」
 意外そうな顔で、花織は僕を見た。

 今からちょうど一週間前、僕たちが住むアパートに、一通の手紙が届いた。勇一さんからだ。彼とは一年前までいた北海道で知り合ったのだ。そう、花織さんの元恋人だった伊達昂さんの幼馴染みであり、あんな事件がなかったら出会わなかった人だ。
 そんな彼から届いた手紙の内容は、僕と二人っきりで話がしたい、というものだった。
 三日前の日曜日、僕は花織さんに内緒で、勇一さんとある喫茶店で落ち合った。
 勇一さんは先に座っていた。僕の顔を見るなり「こっちだ」と片手を上げた。
   一年ぶりに見る勇一さんの顔は、優しそうな表情に厳しさを含み、昔と変わっていなかった。
「お久しぶりです」
「あぁ……。君も変わってないな」
「勇一さんも」
 再会はたわいもない会話から始まった。
「ところで、花織さんとはどうなってる」
「どうなってるって、一緒に暮らしているだけですよ」
「そうか……」
 勇一さんは組んだ手をテーブルの上に乗せた。その時、僕の目の前に水の入ったコップが置かれた。
 僕はその相手を見上げた。
「ご注文がありましたらどうぞ」
 そのウエイトレスに勇一さんが言った。
「結構だ」
「じゃぁ、僕もいいです」
 そう断ると、彼女は「ごゆっくりどうぞ」と言い、頭を下げて離れていった。
「話が中断したな。……本題に入ろう」
 勇一さんの瞳が、まっすぐ僕をとらえた。
「そろそろ、花織さんと結婚した方がいいんじゃないのか?」
「えっ?」
 唐突な発言に、僕は目を丸くして勇一さんを見た。
「お節介かもしれないが、冗談のつもりで言ったわけじゃない」
「別に、お節介などは思ってませんよ」
 僕の言葉に、勇一さんは安心した様子で、続けた。
「君は二十三で、まだ余裕かもしれないが、花織さんは二十八だ」
「…………」
「正式につきあい始めてからもう三年になるんだろう。花織さんも待っているんじゃないのか?」
「……そうかもしれません」

 僕は上着のポケットから一つの小さなケースを取り出すと、花織さんの前に差し出した。
 花織さんはそれを受け取ると、そのケースの蓋を開けた。そのケースの中に入っていたものを優しく指で摘み上げた。
 指輪だ。
「これは……、確か……」
 花織さんは、複雑な顔をしていた。花織さんはあの時のことを覚えていたのだ。そう、昂さんが生きていれば、三年前の三月三十一日に花織さんに贈るはずだった指輪だ。
「勇一さんが、僕に……」
「…………」
「僕と、……結婚してください」
 僕は花織さんの顔を見ないようにして、頭を下げた。
「私、あなたと結婚するなら構わない……」
「それじゃあ」
 僕は花織さんを見た。しかし、その顔は眉間に皺を寄せ、あまりにも複雑な表情をしていた。
「でも、私が結婚したいのは昂じゃないわ」
 その言葉が返ってくるのは、なかば予想していた。

 勇一さんから受け取った指輪に、僕は渋面をした。
「花織さんと結婚するのは、昂さんですか……」
「そうじゃない。それは昂からのプレゼントだ」
「プレゼント……?」
「そう。昂は自分の死で、花織さんが苦しんでいるんじゃないかと、心配だったと思うんだ。だけど、実際に苦しんでいた花織さんを、君が救ってくれた。あれが最善の方法だったかは別として、花織さん一人では、決して今のようには回復しなかったと思う」
「だから……その」
「そう、昂からのお礼だ、それは」
 僕は手の中に縮こまっているリングケースを見た。
「昂の気持ちは、今でも変わってないはずだ。……それは、君も同じだろう。だから、昂の気持ちが詰まっているその指輪に、君の想いも含めて、彼女に、あげてほしいんだ」
「…………」
 僕は視線をリングケースから勇一さんに移した。すると、勇一さんは苦笑いしながら僕から視線を外し、目を細めた。
「色々と整理したら、その指輪が出てきてな。……あいつだけ、幸せになれなかったなと思って」
「勇一さん……」
「それが、君と花織さんが結婚してほしい一番の理由だ」
 そして、視線を僕に移し、勇一さんは力強く言った。
「昂の分も、彼女を幸せにしてほしい」

「そう……。勇一さんが、そんなことを言ったの」
 目を細めながら、花織さんは指輪を見つめた。
「だから、昂さんの分も、花織さんを幸せにしたい。幸せにさせたい」
 じっと指輪を見つめていた花織さんが、視線だけを僕に向けた。思わず、僕は身構えてしまった。
「はい」
 そう言って、花織さんは僕に指輪を手渡してきた。
「えっ?」
 僕は口をぽかんとして、それを受け取ってしまった。
「つまり、……答えは」
 彼女から答えを求めると、花織さんは伸ばした手を広げた。
「指輪……」
「えっ?」
「入れてくれる?」
 その言葉に、僕は彼女のふっくらとした手にのびた指を見た。花織さんの言葉の意味を理解し、僕は彼女の顔を見た。
「花織さん……」
 僕の言葉に反応し、花織さんはむっとした顔で手を引っ込めた。
「花織さんじゃないでしょ。いつまで丁寧語を使ってるの」
「あっ、じゃあ、……花織」
 いささか照れながら言うと、花織さん……じゃなく、花織は引っ込めた手を再び延ばした。僕はその薬指に、優しく指輪を入れた。
 指輪がはめられた左手を、包み込むように右手で覆った。
「昂……。私、あなたの分も幸せになるからね」
 そんな彼女に、僕は笑みを浮かべた。その時、窓ガラスの向こうに、白くちらつくものに気づいた。
「雪だ……」
 雪が優しく降り注ぐ夜空を、窓越しに見上げると、花織も雪が舞う夜空を見上げた。
「ホワイトクリスマスだね」
「なんだか、久し振りに見る雪だな……」
 その雪から視線を外し、僕は花織を見た。花織も僕の視線に気づき、僕を見た。そして、彼女は小さく笑うと目をつむり、テーブルに身を乗り出してきた。廻りの視線が気になるが、僕は彼女に応えることにした。僕も身を乗り出し、僕たちは冷めた料理の上で唇が重なった。
 廻りからクスクスと笑い声と視線を感じたが、僕ら二人の間に入り込む余地など、どこにもなかった。
 雪が舞うイブの夜。僕らは、過去の思い出に終止符を打つとともに、新たな出発が始まった。
                                             終わり.....



























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