update【2007/2/10】

 【 イダーの風 】 


  【 コルムの自作小説 】

コルムの公式掲示板などに投稿した小説です。
  読むのが大変なのでプリントアウトした方がいいかもしれません。


    【── イダーの風・本文 ──】     


   言葉を紡ぎ出すのは難しい。

   日常、普通に使っている気軽な会話だって、その状況や雰囲気でまったく違う意味になってしまう時がある。いいや、まったく同じ状況だってそうだ。同じニュアンス、同じ語彙で作られた、おんなじセリフ、そして変わらない状況。それでも、たった一度つっかえたら。ちょっと声がうわずっただけで。わずかに話す速度を変えただけなのに……。

   言葉はその心を失う。相手に伝えたい、ささやかなセリフが、その場所に、そこにある風に、そして相手の目に絡め取られてしまう。そして私のものでなくなった言葉は、声にもならず、ただの音になり、どこかへと連れ去られてしまうのだ。

★ ★ ★ ★ ★

   イダー村にきて2週間が過ぎた。埃っぽいが活気のある村だ。ルディロスで出会った恐ろしく逞しいプリストは、イダーを「ラクダの糞にまみれた一夜夢の邑(むら)だ」と言った。その言葉の意味は私にはわからない。でも、そのプリーストは淀みもなく、さも当然だと、語り聞かせたのだった。そのあとに続く長いセリフを今はもう覚えていない。それでも、口上一声、彼が言い放った流浪の舞妓が語り聞かせるような野蛮な、でも艶のあるセリフは、なかなか私の耳から離れないでいた。

「よー、ねーちゃん。そろそろ修練の洞穴へといっちゃどーでぇ?」
   考え事をしながら歩いていると貫禄のある通称「修練オヤジ」が声をかけてきた。私は私は左手を軽く挙げ、手のひらを太陽に向けて左右に振って見せた。イダーで流行っている一種のジェスチャーだ。私にはまだ無理よ、という意味。もしくは何かに挑戦するにはまだ早い、勘弁して、というニュアンスもある。いずれにせよ、自分の実力よりも上の相手・事柄に相対したときに、自分の実力が及んでいないと示すときに使う。砂漠の村イダーだからこそ流行る現実的な状況を表す「身振り言葉」だ。

   言葉を使うのが苦手な私に、この非言語的言語という矛盾したものはとても似合っていると思う。

   修練オヤジは口元を思いっきり横に伸ばしてにんまり笑うと、右手を軽く挙げ手の甲を上に向けて左右に振った。これは上の者が下の者に使う身振り言語。「まぁ、もうちょっと頑張ればなんとかなるさ」といった感じ。ルディロスみたいな「上品な村」ではこういった意味合いのジェスチャーは嫌われるだろう。でも、イダーならそれが軽快に感じられる。この身振りは他に、お前にはまだ早い、まだ未熟だという戒めの意味の他に、俺が導いてやるさ、きっとうまくいくに違いない、という相手を慮るニュアンスもある。だいぶ意味合いが変わってくるが、その時の状況や相手の表情でその雰囲気はわかる。実利主義のイダーの、厳しい環境の中で生きる人々の連帯感が表されているのだろう。

   私がイダーで初めて話した人間が「修練オヤジ」だった。私だけではない。イダーに始めてきた人の多くがおじさまと会話を交わす。初めてきた村で話す相手は多くないし、懐に余裕がないのにすぐに店に寄るというのも気が引けるものだ。露店を眺めながら歩いていると見知った顔を見る。ルディロスの村にそぐわない格好の男がいる。ルディロスの数少ない荒くれ者たちに修練オヤジと呼ばれているおじさまだ。ルディロスにいた頃に声をかけたことはないけれど、誰でも知っている。それと同じ顔がイダーにあれば誰でも吃驚するはずだ。

   話に寄れば双子だとか、兄弟だとかいうが、誰も本人にそれを聞く人はいない。野暮だと思っているからだ。初めて不案内な土地にきたときに似ている人物がいる。それだけで私たちのような旅人は安堵感を得ることができるのだ。だから、私は、いや多くの「ルディ流れ」のような流浪者達は、修練オヤジが好きなのである。
   本当はおじさまとも話をしたかったが、私には目的がある。考え事をしていたというのはそのこと。今日こそは、という思いがあり、少し早足になっていた。「修練オヤジ」ことおじさまに、ぎこちないウインク一つでお別れをしてしまった。でも、少し後悔した。今日の私はおかしい! 胸がどきどきしている。初めてウィッチにあったときも、こんなに胸が高鳴ったことはないのに!

★ ★ ★ ★ ★

   倉庫裏が見えてきたとき、足が止まった。動け、私の足。お前はレンジャーの足なんだ。止まってどうする。
   舞い上がる砂つぶてを顔にあびながら、少しずつ歩く。風がやむと、ああ、私の頬は、朱色の衣を身にまといはじめた。自分でもなんでこんなに紅潮するのかわからない。視線の先にここ1週間で突然この村に現れ始めた「サマナ」とかいう人々がまとう衣服を身につけた人が一人立っていた。……彼だわ!

「もー、冗談じゃないわよぅっ」
   彼は怒っているようだった。ちょっと声がうわずっている。こちらには背中しか向けていないけど、確信が持てた。そう、あの人だ。
「こんなに暑いんじゃ、お肌に大敵ようっ」
   有名なギルドの一員、ピーコです、だ。そう言いながらプイッと横を向く彼。こんなに離れていても、艶のある目元をきりりと引き締めるまつげがはっきりと見て取れた。彼はそばにいるギルドマスタであろうレンジャに抱きつきながら「早くイイトコロにつれてくのよっ! 良いところっていってもあやしいところじゃ、なーいわよぅ。いやぁね、ダンジョンに決まっているじゃないの。ギルハンよ、PTよ。でも30分だけだからね。私の人生、他にもいろいろあるのよ」とまくし立てた。
   抱きつかれているレンジャのお姉様が羨ましい。いや、妬ましいのか、私は。

   なんとなく近よれず、私は倉庫脇のテントに隠れてしまった。サマナ服のお肌に密着した姿が色っぽい。それに比べてなんて私は薄汚れた格好なのだろう。いまだにリーダーアーマを脱げないでいる。あのギルドマスタはなんて色っぽい格好をしているのか……。私、きっとジェラシーを感じているんだ……。
「さぁっ、はやくっ。いくのよっ。いくっていっても、アレじゃないのよっ。ダンジョンにいくのよっ。ナニ想像しているの。いやらしいっ」
   流れるような旋律、選び抜かれた語彙、さわやかな声。なんて素敵なんだろう。私もピーコですお兄様のように、人と話せればいいのに……。
「まー、まてよ。ギルハンっていっても、メンツそろってないだろ?」
   そう言いながら表れたのは、ルディロスでイダーについて教えてくれた、あの筋骨隆々たるプリストだった。お兄様の登場で、見知った人の登場で、私はちょっとだけ落ち着くことが出来た。
「レン、殴りプリ、おかま、でなにができるんだよ。補助いるだろうが」
「なによっ、おかまなのよ。おかまは最強なのよ?」
「もー、おすぎも、とおるちゃんも、えーっちゅうねん。そのうちさかな君とかきそうだな。あぁ、ああ、オカマは最強だろうさっ。けっ」
   なんだかわからないけど、あのプリーストさんは素敵なことを言っているみたい。でも、それは本当。ピーコですお兄様は、それほど魅力たっぷりなのだ。

   突然プリストさんと目が合ってしまった。おお、と野太い声で私に手を振ってよこす。と「ナニヨッ」と振り向いたピーコですお兄様はまぁ、と目を輝かせて、ツカツカツカと私のもとに寄ってくると、いきなり手をぐいっと引っ張り、私をレンジャー姉様とプリースト兄様のところに連れて行った。
「まぁ、私に内緒でこんな子と浮気してたのね。キーーッ、許せないわっ。でも、許すわっ。ユルシテ上げるのよぅ。暑いでしょ? 日焼けするでしょ? ダンジョンに行かなくちゃ。ギルハンよ? PTよ! 経験値稼ぎなのよっ」とピーコですお兄様はまくし立てる。
「おいおいまてよ、ギルドの人じゃないのにギルハンもねーだろ? だいいち、こちらのお嬢さんに迷惑だろ?」
「迷惑じゃありません」
即答する私。
   あちゃー、と手で顔を覆うプリスト兄様。
「類友ね?」こともなげにレン姉様。
   よかった、みんな素敵な人たちばっかりだ! ……プリーストのお兄様はなぜかちょっと顔がこわばっているけど。
「あなた、お名前はなんなの? 名のんなさいよっ」
「あ、はいすみません。レンジャーの可愛月姫ですっ。好きな食べ物はアンパンですっ」

 そういって思わず赤面してしまった。ピーコですお兄様の前なのに普通の挨拶をしてしまった。やはり、私はこういった会話は不向きなのだ。いや、無理なのだ。
「まーーー、かわいっ。いい子ね、PTいきましょうっ。ギルハンしましょっ。4人でだぶるデートよっ」
 今度はレンお姉様があちゃーというような顔をした。それもなぜか楽しんでいるような感じ。
「マテまてマテ、お前、なにいってんだよ」プリスト兄さんはなぜか冷静そう。彼は私の体をなめるように見た。いやらしさはみじんもない。値踏みをしているようだ。
「ダブルデートって、どういう組み合わせなんだよ」
「決まってるじゃない。彼女とアフロ。あなたとわ・た・し」
   プリスト兄様は、なぜか地面に手足をついた。レン姉様は、ニコニコ笑っている。こういうのになれてますよ、というような顔だ。

「あ、あのあのあの!」
   思い切って声を上げるが、おもわずどもってしまう。
「あら、いいドモリね」ほめられた。「どうしたの、お嬢さん?」
「わ、わわわわ、わた、わた、わたしとじゃ、だめでずが?」
   思わずなまってしまう。ああ、なんで気の利いたセリフが言えないのだろう。
「私と組みたいの? セット狩する?」
「ちがいますっ。一緒に、ら、らら、ランデブーしたいんですっ」
   意味を図りかねたのかピーコですお姉様はあごに手をあてて、首をかしげた。

(私ったら! なんでうまい言葉が、うまい表現が、うまい告白ができないのっ)

   その様子をみていたプリースト兄様は地面に座り込むと、くくく、と喉をつまらせながら笑った。
「このオジョーチャンは、お前とデェトがしたいんだとよ」
「あら」
と嬉しそうなピーコですお兄様。「あらあら、まあまあ」
   お兄様は私をぎゅーっと抱きしめ頭をなでてくれた。
「もう、かわいいんだから。でもダメよ。私にはコノヒトがいるんだからっ」とプリーストお兄様に投げキッスをした。羨ましい。でもなぜか顔を地面に向けるプリスト兄様。
「ともかくよ、おじょうちゃんの装備見ろよ。まだこの鎧だぜ?」私の方をあごで刺すと「レベルいくつなんだい。前よりはあがってるだろうけどさ」「えっと、26。あ、来るとき上がって27です!」「ほらな。俺らはみんなもっと上だぜ。狩り場のレベルが違いすぎる」
   プリスト兄様の現実的な指摘に私はナラクに突き落とされたような気分になった。ピーコですお兄様と一緒に狩が出来ない。でも、それが現実だ。心のどこかではわかっていたのに。でも、昨日の夜、私は確かにお兄様と一緒に笑いながら狩をする妄想をしていた。
「あら、まあ。そうよね。その鎧じゃね。残念ねぇ……」
「ごめんなさい、お兄様。私、はじめにそのことを言わなければいけないのに……」
「いいのよ、あ・な・た」
人差し指で私の唇を塞ぐお兄様。「この先まだ機会はあるわよ。いいのよ。きにしないの。アフロヘヤーもドレッドヘヤーもお友達なの。ゲツヤだって私にメロメロ。おかまは最強なんだから」
   私にはよくわからないけど、多分すばらしいことをお兄様は私に言ってくれた。
   私はなぜか急に悲しくなった。
   掛ける言葉が見つからなかった。お兄様と話せただけでも幸せ。いままで、なんども話しかけようとして、一回も成功していなかったのだから。だけど……だけど……、とても悲しかった。でも、それでも言葉が出てこない。一緒に狩にいけない、ただそれだけで、無性に悲しかった。

   私はただ、自分の左手を上げて、手のひらを太陽の光を浴びるようにしてから、左右に振った。イダーの流行のジェスチャア。ごめんなさい。私にはまだ早かったようです……。

   それをみたピーコですお兄様はニッコリ笑って右手を上にあげた。手の甲を上にして左右に振る。レンお姉様もプリストお兄様も、同じようにしてくれた。何も言わないのに、みんなの気持ちがとてもよく私に伝わってくる。言葉足らずの私だけれど、私の気持ちも、きっと伝わっているだろう。
   ピーコですお兄様は、左右に振っているその右手を私の左手に重ねた。
   そしてそのまま指を握り、空へと私の手を引き上げた。踊りを踊る前の挨拶のような格好になった。私とお兄様の腕越しに、お兄様のマツゲが見えた。とても綺麗な目元。その視線が、言葉だった。優しさがイダーの厳しい風とともに伝わってくる。

   私は、とても幸せだ。



<2004年9月2日創作 その後リライト/2007年2月10日掲載>


▲▲         【── コンテンツ・エンド ──】            



  【 メモ 】


▲ページトップ▲  ■HOME■