update【2007/2/10】

 【 臆病者な私とお髭さん。 】 


  【 コルムの自作小説 】

コルムの公式掲示板どに投稿した小説です。


    【── 臆病者な私とお髭さん・本文 ──】     


   可愛月姫は臆病である。

   臆病な上に、泣き虫である。弱い。すぐ死ぬ。噂によると悔しいランキングなるものがあり、そこの常連であるという。あと少しで次の位にあがるとき、死ぬ。ついでに死ぬ。またしても死ぬ。気がつくと現在の位の初期経験値に戻っていることもある。

   そう言うことを野良PTで出会ったファイタに話すと、鼻で笑われる。ソサは冷たい一瞥をくれてそっぽを向く。サマナは余裕そうにニコニコ笑ってる。殴りプリは無関心を装う。そのほとんどは大げさだと思っているらしい。嘘だと思っている人すらいる。しかし、心の中の緑のメータが99%から0%になったときの悲しみは忘れられない。しかも、すでに3回経験したと言ったら、彼らはどんな反応をするのだろうか。そう思うと可愛月姫は臆病の虫を育ててしまい、何も言えなくなるのだ。
   彼女はレンジャ。やっとレベル30になったばかりである。

★ ★ ★ ★ ★

「でどーん」
   クルトの洞穴地下2階でいつものように狩をしているとダンジョン内に奇妙な声が響いてきた。まだ朝明け切らぬ頃。他の狩人に出会う機会もまれな時刻。
「ちゃららら、ららら、らんらんらん♪」
    歌っているようである。

「あっめ、あっめ、ふっれふっれ、レィンジプリがぁ〜、
   蛇の目でお迎え、うっれしいなぁ〜、
   リッチリッチ、狩り狩り、らんらんらん♪」

   恐ろしく音程のはずれた声で、童謡らしい歌が聞こえてきた。座って体力と精神力の回復を図っていると、声の主らしいプリーストが壁向こうから、ひょい、と顔を覗かせた。月姫が思ったよりも逞しいプリーストだった。新調されたばかりとみえる白い鎧衣装が、彼の黒く焼けた肌と顔の三分の一を覆い隠す顎髭と、ひどく不釣り合いに見えた。

「うへへへへ、こんにちは、おぜうさん」
   そのプリストは返事を待たず、疲れ切っているレンジャの脇に腰を下ろした。体に似合わず、動きが素早い。
「いやー、やになっちまうなあ。すぐにSPはきれちまうしよー。レベルいくつ? 30? へえ、ほぅ、はー、そら大変だねえ。俺なんてソノ頃には座ってないと、やってらんねかったよね。2分戦って5分休まないとろくに狩もできねーんだからさー。もー、あかんあかん、RRプリなんで、死んじまえってんだ、べらぼうめぇ!」
   見知らぬ大男にいきなりつきまとわれ不安に思う月姫だが、彼はお構いなし。下に潤滑油が刺されているかのようにしゃべりまくる。ごついプリスト、彼の名はボブというらしい。レベル74の聖職者であった。自分で悪態をついていた「RRプリ」という部類の冒険者らしい。

「あ、あの・・・。そんなにレベル高いのになんでこんな初心者ダンジョンに?」
「あー、何つうかね、そのね、SP涸れ涸れなのよ。わかる? PTとか組んでるとさ、スモール・マナポーション使いまくるわけ。1時間で20個から30個つかうのよ。信じられる? 信じられないよな? ほんとやってらんねーよ!」
   自分で尋ねて、自分で回答を出すタイプの人だということを、月姫は理解した。そういう人はどこにでもいる。自分がもっとも苦手なタ人種だ。
「一人なのな? レベル低い? ああそう? 手伝おうか? うん、決定な」
   断られるという選択肢をボブは持っていなかったようだ。もちろん、その選択肢を月姫は考えた。しかし、考えただけであって、その思考の残滓は、ボブの強い腕力によって霧散させられてしまった。ボブは、月姫の返事をまたず、彼女をPTに加えた。PTは魔法のようなモノであって、その輪に入るとギルドほどではないが、ある程度の結束力の中に閉じこめられる。「チキンです」の巨乳の先輩レンジャはそれを結界の中にいるようなモノ、と例えていた。

   それから、月姫は34回、死んだ。
   プリさんはその都度ニカっとわらって、わるいわるいと月姫の頭をさすった。リッチをなぎ倒しスモールマナポを30個も集めていた。アイテムも、装備もごまんとためていた。気がつくと再び外は夕闇に包まれていた。
「疲れたか?」
   こくん、と頭を垂れる月姫。
「アイテム欲しいか?」
   また、頭を縦に振った。実のところ疲れ果てて、一番楽な動作だったからそうしただけであった。
「やらん♪」
   ボブは楽しげに、変なリズムを取って、返事をした。月姫はなにも返事ができなかった。月姫は、レベル38になっていた。あまり強くなった実感を持てなかった。
「んぢゃー、たのしかったぜー、また一緒にかりしようなー」
   そう言葉を残すと月姫の別れの挨拶も待たず、ヒゲのプリーストはどってんどってん、体をユラしながら去っていった。

★ ★ ★ ★ ★

   月姫だけが後に残された。彼女に残ったものは多くの死亡回数と、経験値だった。あとは何が残ったんだろう? 疲れた体を洞窟内のささやかな風にさらし、月姫は体を伸ばした。彼女は自分で、あまりにも白い体に呆れてしまった。まるであのプリーストの衣装のようだ。
   チキンですの巨乳レンジャの話を思い出した。PTという結界に入れば、友情も、妬みも、競争心も、徳も、損も、すべてを手に入れることが出来る。でも、そうだと思わなければ手には入らないものもある。彼女はそう言っていた。
   月姫はプリストのバックパックに入った数々の戦利品を思い出し、臍を噛んだ。くやしいと思った。私は不幸だとおもった。それは正しい感情だ。私はそう思う。

   ふと別の考えが浮かぶ。

   では、あのプリストはどうだろう。あのレベルなら、ケルやブルーも楽勝だろう。そういえば、今日彼はレベルが上がっていなかったような気がする。ボブはアイテムをいっぱい手に入れた。しかし、さらなる経験や強さを手に入れることは出来なかったはずだ。
   それは彼にとって不幸なのだろうか。それとも幸福だったのだろうか。月姫はうまく想像することができなかった。では彼自身はどう思ったのだろうか、と月姫は思いめぐらす。不幸であったのかも知れないし、幸福であったのかも知れないし、その両方であったのかも知れないし、そのどっちでもなかったのかも知れない。

   月姫は、わからなくなった。自分を莫迦だと思った。それでも、なんとなく、今日は良い日だったと彼女は感じた。それもなぜだか理由がわからなかった。世の中は単純ではない、それが彼女が時間をかけてやっとひねり出した、自分なりの回答だった。

   月姫は思った。私は、あのプリストみたいに振る舞えるのだろうか、と。彼女は無理だと思った。少なくとも今は。自分が損をすることに慣れていたけれど、相手のために損をする、という考えがなじまなかった。自分が得をするということに慣れてないし、他人よりも多くのものを勝ち得るということもよくわからなかった。

   だから、今日は損をしたと思った。そして、得をしたのかもしれない、とも思った。ボブにアイテムを欲しいと言えない自分は臆病だと思った。アイテムをもらえない自分を不幸だとおもった。不満はある。でも、臆病であり、不幸である自分をなぜかいつかのファイタが軽蔑したようなことだとは思わなかった。
   月姫は、なぜか自分を不幸だと思うことが幸せだと感じた。それは変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。でも、月姫は不幸だと悩む自分を不憫だとは思わなかった。

「私はおばかさん」

   彼女は血にまみれたカタールに、そっと囁いた。



▲▲         【── コンテンツ・エンド ──】            



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