もうかれこれ30時間近くボクは好奇の目にさらされていた。
千以上の瞳に出会い、数百のため息を見てきた。なにも変わらない、なにも生まれない。ただただ沈黙があった。たまに明らかな軽蔑の視線を投げられるのが寂しかった。それは今では悲しみに変わっている。ボクは逃げ出したかった。でも、ボクは動けない。
(もーさ、あきらめろよ。俺たちゃなーんも出来ないんだぜ? 日光浴気取って、だらだらしてようぜ)
先輩がぐじぐじいじけているボクを見かねて声をかけてくれる。言葉は乱雑だが、数時間おきに慰めてくれているのだ。ボクはまだ新参者。でも先輩は10日も前からこうしているらしい。
(ほらみろよ、向こうのヤツなんて、俺たちの半分の値しかつけられてねぇ。それでも売れ残ってるんだ。俺らが売れるわきゃねえ)
先輩はそう言いながら笑っていた。怒ってはいない。あきらめているのかも知れない。ボクはまだ悲しむだけしかできなくて、ちょっと涙がでちゃう。やっぱりボクは誰かのために働きたい。誰かの役に立ちたいんだ。
(せめて俺らの持ち主が、もーちょい欲のない奴だったらなあ〜♪)
変なリズムをつけて歌うように先輩がつぶやく。昨日お仲間に加えてもらってから3回目だ。もう10日間もこのセリフをつぶやいてきたのかも知れない。
「ねぇねぇ、おすぎさん、ちょっとまってよ」
「なーに月姫さん、ウィンドウショッピング好きなのはわかるけど、全部見て回らなくてもいいじゃないのよっ。もちろん男ウォッチングなら付き合うわよっ。いいファイタにいいプリストにいいサマナをゲットするのよっ。それからね、ゲットしたあとねっ……」
最初にボクを覗いたのはレンジャさんだった。あれから三日経った。ボクはまだココにいた。先輩もいる。後輩も2個ふえた。みんなココにいる。誰も動けない。
そのお姉さんは知り合いらしいサマナさんを無視してボクをじっとみていた。サマナさんはなにか独り言をつぶやいている。なんか変な人だ。お姉さんはじーっとボクをみている。ちょっと視線をずらして、それからまたボクをみる。先輩をみる。後輩をみる。それからまたボクを見た! ちょっとドキドキする。
「ん〜」
顎に手を当てて首をかしげるレンジャのお姉さんは、急にぱっと笑顔になって「決めた!」と奇声を上げて飛び上がった。手にしているカタールを背中のバックパックにしまい込み、その細い手を私のところに伸ばしてきた。まさか・・・ほんとうに? この指でモンスタを倒せるのだろうか、と疑ったしまうほどほっそりとした指で、お姉さんはボクをつかんだのだ。
(おいおい、ほんとかよ?)
後ろで先輩があわてた声を出した。続いて(お、俺もかよっ)という声が聞こえた。続いて2個の後輩の歓声もあがる。
(やった! 買ってくれた人がいる!)
「ちょ、ちょっとまちなさいよっ、あんたっ。それ1980カルツもするじゃないのよぅっ。あっちのところは300カルツよ! その横では90カルツで売ってるのよっ! そーんぢゃないのよぉっ」
「え、いいんですよ〜。気に入ったんです。欲しくなったんです」
「だいたい、それSTRエディションじゃない。DEXエディじゃないわっ。あんたDEXレンでしょ? そのか細い腕をみなさいよっ」
「えへへへ、ちょっとパワーアップしようかなぁ、なんてっ。新しくベルト買ったばっかりですしね」
ボクは泣いていた。幸せだ。もう売れないかと思った。ずーっとボクはあの持ち主の元で売れないまま残るんだと思ってた。でも、ボクを買ってくれた人がいる。ボクは役立ちたい。このお姉さんの強い味方になりたい。
横で先輩が泣いていた。涙をこらえているようだが、それは無駄だった。ボクも泣いていた。後輩たちは鼻歌を歌っている。さっきまで弱々しくうなだれていたのに、その形がちょっといつもより張りがあるように見えた。ボクもきっとそうなんだろう。
僕たちはデカリキさんとティミッドさんとも友達になった。そしてベルトになった。STR+15は伊達じゃない。これからバッサバッサとモンスタたちを倒してゆく。そう、ボクはもう一人じゃない。ボクは倉庫やカバンの中のお荷物じゃない。さぁ、お姉さん、一緒に行こう!
ささやかな力かも知れないけど、ボクはあなたと一緒に戦います。一緒にこの世界で。
<2004年9月10日創作 その後リライト/2007年2月14日掲載>