戦国期筑前諸家略系譜 (記録、史料)
 
 目次薦野氏筑前田原氏米多比氏戸次氏由比氏return

 

 薦野(こもの) Top

薦野氏(後立花を称する)の祖は遠く多治比古王に発し、その名をとって丹治姓としたという。
その後筑前国糟屋郡薦野村に住して薦野氏を称し、戦国期には大友氏の幕下となって歴戦している。
増時は戸次鑑連(道雪)が立花城督に就任するやそれに従い、道雪・統虎父子より受領した感状は
数十通と伝えられる。

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 田原(たわら) Top

筑前田原氏は親春に始まるが、筑前に拠点を移すのは鑑正の代からと思われる。
なお鑑正は天文8(1539)年、筑前志摩郡内に二十町分を与えられた。

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 米多比(ねたみ) Top

 

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 戸次(べっき)    付:吉弘(よしひろ) Top

 

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 由比(ゆび) Top

由比氏は筑前国志摩郡怡土荘の在地小領主(名主層)であった。
戦国期には大友氏に帰順し、小金丸・泊・松隈・馬場・古庄・元岡氏等と共に
「志摩七党」「志摩郡衆」と呼ばれ、柑子岳城督(志摩郡代)の臼杵氏に従った。

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