戦国期筑前関係年表
 政治・軍事史中心です。

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年号

月日

出来事

史料

1536(天文5)

5月16日

大内義隆、大宰少貮に任ぜらる。

公卿補任

1539(天文8)

3月26日

大宰少貮大内義隆、安楽寺に太刀・馬を献じる。

小鳥居文書

1550(天文19)

7月20日

筑前守護代杉興運を大宰権少貮に任じる。

満盛院文書

1551(天文20)

9月1日

大内義隆、長門大寧寺で自害。

棚守房顕記

1557(弘治3)

12月5日

臼杵鑑續、冷泉津櫛田祝大夫下地職を打渡す。

兒玉琢採集文書

大友義鎮、寶満山僧坊の前栽、茶園に至るまで検地の上課役する。

筑前國續風土記

1558(永禄1)

3月23日

大友義鎮、博多において耶蘇会士に教会建設の地を与える。

耶蘇会士日本通信

1559(永禄2)

1月11日

少貮冬尚、龍造寺隆信に攻められ、肥前神崎勢福寺城において自害。

北肥戦誌

2月25日

大友氏に叛く兵2000人、博多に来襲し市街を破壊する。

フロイス日本史
耶蘇会士日本通信

4月10日

大友義鎮、高橋鑑種を寶満・岩屋両城主となす。

横岳古文書

4月29日

怒留湯直方、香椎宮社家衆の軍忠を賞し、社領百町分の安堵を約す。

三苫文書

6月26日

大友義鎮、筑前國及び豊前國守護職に補せらる。

大友家文書録 4

10月5日

大友義鎮、香椎社中に徳政の令を下知す。

三苫文書

11月9日

大友義鎮、九州探題に補せらる。

大友家文書録 4

1560(永禄3)

大宰府横岳崇福寺焼亡する。岩屋城主高橋鑑種、仮堂を建てる。

横岳古文書

1561(永禄4)

4月

博多の人コスモ、博多会堂を復興す。この月イルマン・ルイス・ダルメイダ、博多で布教。

耶蘇会士日本通信

12月3日

吉弘鎮理、香椎宮社殿再興を約す。

三苫文書

1562(永禄5)

3月16日

高橋鑑種、横岳崇福寺領及び同末寺領を安堵。

横岳古文書

6月10日

イルマン・ジョアン・フェルナンデス、豊後府内より博多に到り布教。

耶蘇会士日本通信

6月13日

大友義鎮、横岳崇福寺并末寺領を守護不入とする。

横岳古文書

7月24日

このころより、豊前国柳浦にて大友勢と毛利勢との競り合いが始まる。

立花文書

10月13日

大友勢と毛利勢、豊前国柳浦にて一戦を交え、大友方の大勝利となる。

立花文書

11月16日

大友義鎮、崇福寺并末寺を安堵。

横岳古文書

1563(永禄6)

1月27日

将軍足利義輝、戸次鑑連に対し、豊藝和談に付、大友義鎮に意見を加ふべきを命ず。

立花文書

3月1日

高橋鑑種、横岳山崇福寺領を安堵。

横岳古文書

5月13日

聖護院門跡、豊藝和平の儀に付、戸次鑑連に斡旋を依頼。

立花文書

7月29日

怒留湯直方(融泉)、三苫三郎に対し、三苫分屋敷を安堵。

三苫文書

1565(永禄8)

2月2日

島井宗叱、大友宗麟に緞子を贈る。

島井文書
島井氏年録

7月23日

島井宗叱、大友宗麟に相伝の印篭を贈る。

島井文書

9月19日

島井宗叱、大友宗麟に高麗焼茶碗を贈る。

島井文書

10月5日

大友宗麟、箱崎八幡宮の豊筑の社領を安堵。

筥崎宮文書

10月7日

大友家年寄連署して、箱崎八幡遷宮の勧進に付、上筑後衆の協力を乞う。

筥崎宮文書

1566(永禄9)

島井宗叱、年頭挨拶のため豊後府内城に詣る。

島井氏年録

5月15日

大友宗麟、島井宗叱に博多唐織々立を依頼する。

島井氏年録

7月11日

臼杵鑑速、博多に到り、神屋宗浙に帰津を勧む。

神屋文書

1567(永禄10)

6月2日

島井宗叱、豊後府内城に詣る。

島井氏年録

10月29日

高橋鑑種、寶満山で挙兵。小鳥居信元これに協力して社人らを引き連れて籠城。

大鳥居文書

12月23日

大友宗麟、戸次鑑連をして宰府社家人の忠意を糺させ、不忠の者に誅伐を加う旨を申し付ける。

大鳥居文書

1568(永禄11)

6月25日

筑紫広門、起請文を島井宗叱におくる。

島井文書

7月4日

戸次鑑連、臼杵鑑速、吉弘鑑理等、立花鑑載を立花城に攻め、鑑載を自刃せしめ、立花城を収む。

立花文書 豊前覚書 筑前国続風土記

9月24日

毛利元就、部下の佐藤元實、井上就貞らに高橋、秋月に兵粮米を送ることを命じる。

萩藩閥閲録

1569(永禄12)

5月18日

戸次鑑連等の率いる大友軍、筑前多々良浜において毛利軍と会戦。長尾の戦いに鑑連毛利軍を破る。

立花文書 豊前覚書 筑前国続風土記

9月5日

大友氏の兵、博多に於いて毛利勢と戦う。

古文書纂

11月

高橋鑑種、大友軍に降る。鑑種、御笠郡の地を没収され、豊前規矩郡に移される。

大友家文書録

12月18日

怒留湯融泉、香椎宮山田社米を安堵。

三苫文書

1570(永禄13)

7月13日

大友宗麟、戸次鑑連を立花城督に補す。

吉弘文書

(元亀1)

9月11日

大友宗麟、櫻井藤兵衛入道某に、筑前国莚田郡之内二十四町を与える。

立花文書

9月16日

イルマン・ルイス・ダルメイダ、博多会堂復興の状況を報じる。

耶蘇会士日本通信 日本耶蘇会年報

高橋鎮種(紹運)、寶満・岩屋城督となる。

高橋記

11月28日

島井宗叱、雪魚を大友宗麟に贈る。

島井文書
島井氏年録

1571(元亀2)

正月、戸次鑑連、立花城督となる。

薦野家譜

7月26日

臼杵鎮 、香椎宮原上社領を安堵。

三苫文書

7月29日

香椎大宮司等、戸次鑑連の立花城督着任を祝す。

三苫文書

1572(元亀3)

8月15日

戸次鑑連の養子亀菊丸、筥崎座主麟清の養子となる。

豊前覚書

1573(元亀4)

4月7日

戸次鑑連、箱崎大宮司領犬飼名を安堵。

筥崎宮文書

(天正1)

6月10日

大友宗麟、横岳崇福寺を豊後国壽林寺に還附する。

横岳古文書

7月5日

大友義鎮の船等、朝鮮に渡航。

朝鮮送使国次の書契覚

1574(天正2)

3月

豊後府内より大石火矢二挺、立花上に送る。

豊前覚書

7月

ポルトガル船より、大友宗麟に贈る虎4匹、博多津より陸揚げさる。

豊前覚書

11月10日

島井宗叱、大友宗麟に軍用金を用立てる。

島井氏年録

11月28日

大友義統、三苫宮内少輔の軍労を賞す。

三苫文書

1575(天正3)

2月14日

島井宗叱、牛黄円を大友宗麟に調達する。

島井氏年録
島井文書

12月24日

島井宗叱、大友宗麟に銀子を用立てる。

島井氏年録

12月27日

島井宗叱、生魚を大友宗麟に贈る。

島井氏年録
島井文書

ベルショール・デ・フィゲイレド、博多に布教す。

耶蘇会士日本通信

戸次鑑連、立花城の武器・弾薬・戸次家什物等をァ千代姫に譲渡。

立花文書

1576(天正4)

9月11日

草野鎮永、島井宗叱に筑前国吉井村の地等を預ける。

島井文書

1577(天正5)

9月19日

吉弘宗仭(鎮信)、島井宗叱に対し、博多津内諸役御免の旨を報知し、また、裁判中の津内の事件につき、正邪の見聞を密告するよう依頼する。

島井文書

10月30日

吉弘宗仭、島井宗叱に照布・北絹・紗綾・天目茶碗・対馬さうけ等の入手を依頼。

島井文書

12月24日

大友宗麟、紹悦所持の茶器入手斡旋を島井宗叱に依頼。

島井文書

12月28日

大友宗麟、島井宗叱所持の楢柴の茶器を所望。

島井文書

1578(天正6)

1月14日

大友義統、紹悦所持の茶器斡旋を島井宗叱に依頼。

島井文書

2月18日

由布美作入道雪下、小野和泉守鎮幸連署して、山田郷検断物を香椎宮に寄進。

三苫文書

4月24日

博多西分地下衆、樽肴を大友宗麟に贈る。

田原文書

筑紫広門の使者島珍慶、立花上よりの帰途、博多に在る豊後の糸蔵に封印する。博多年寄衆、之を箱崎の城戸豊前に報じる。

豊前覚書

12月4日

秋月種實の兵、岩屋城を攻めるも撃退さる。この時、天満宮が兵火にかかる。

満盛院文書

1579(天正7)

6月2日

筥崎宮座主方清、賀良山(乙金村)・松尾山に勤番する。

豊前覚書

6月21日

島井宗叱の貿易船、対馬府中において、南蛮の商品を買い取り、同21日、博多津に帰着する。

島井氏年録

8月13日

戸次道雪、足達対馬守等三人に命じ、怡土郡柑子岳城主木付鑑実に兵粮を輸送せしむ。

豊前覚書

8月14日

足達対馬守等の立花衆、高祖の原田衆と生松原に激戦す。

豊前覚書 改正原田記附録所収文書

11月22日

フランシスコ・カリヤン、肥前口ノ津より、筑前博多等の布教情況を耶蘇会に報じる。

耶蘇会士日本通信

1580(天正8)

2月2日

戸次道雪、十時摂津守をして、早良郡鳥飼村の肥前勢を討たしむ。

豊前覚書

2月3日

戸次道雪、席田郡月隈村に出動し、切寄(砦)を構築。

豊前覚書

2月11日

秋月種實、小鳥居某の安楽寺留守職を安堵。

大宰府神社文書

3月18日

肥前の神代・執行両家の衆、荒平城主小田部新介を攻める。同年4月、小田部新介下城して、立花の麓原上村に移る。

豊前覚書

4月27日

戸次道雪、由布美作入道をして、博多東分を宰判せしむ。

由布文書

8月15日

高橋紹運、秋月に内通した北原鎮久を誅殺。

大友興廃記

1581(天正9)

3月6日

戸次道雪、那珂郡麦野村に砦を構築せしむ。

豊前覚書

8月18日

高橋統虎、戸次道雪の養子となる。

豊前覚書

秋、筑紫広門の兵、岩屋城を攻めるも撃退さる。

高橋記

12月3日

高橋紹運・戸次道雪連署して、禁制を箱崎八幡宮に掲げる。

田村文書

1582(天正10)

1月23日

ガスパル・クェリヨ、博多聖堂及び博多市街の状況を耶蘇会に報じる。

耶蘇会の日本年報 日本西教史

2月

戸次道雪、早良郡山門村の叛民を討伐せしむ。その帰途、原田衆これを生松原に激撃し、鉄砲戦を交える。

豊前覚書

10月10日

筑紫広門、博多聖福寺に同寺領三宅村郡職を安堵。

聖福寺文書

11月18日

戸次道雪、立花西城に於いて老臣二十数名を召して宴を張る。

12月16日

足立連安、山田郷の香椎社納米未進につき、督促方を約す。

三苫文書

1583(天正11)

3月7日

筑紫の兵、茶売商人に扮して岩屋城に近づき放火、城を焼く。

豊前覚書

3月15日

戸次道雪、高橋紹運、許斐岳を攻めてこれを陥す。

9月5日

戸次道雪・同統虎連署して、由布美作入道に博多津東分役職を預ける。

由布文書

12月1日

島津の将川上左京の兵、博多に侵入し市街を焼く。

1584(天正12)

3月

怡土の原田信種と肥前唐津の波多信時、鹿家海岸に於いて戦い、原田方の勝利となる。

3月24日

島津家久、龍造寺隆信を島原沖田畷に破る。隆信敗死(56)。

8月18日

戸次道雪、高橋紹運、筑後へ出陣。

9月

戸次道雪、高橋紹運、使者を島津義弘に遣わし、秋月・龍造寺を討たんと勧める。

1585(天正13)

1月

秋月種實(41)、家督を種長に譲る。

3月

秋月の兵、立花城を攻めるも、戸次統虎これを撃退する。

9月11日

戸次道雪、御井郡北野の陣中で没す(73)。

9月23日

秋月種實、筑紫広門、寶満城を焼き討ちにする。

10月28日

大友義統、屋山中務少輔の高橋紹運岩屋帰城に際しての功を賞す。

三原文書

1586(天正14)

3月

大友宗麟、大阪に至りて救援を豊臣秀吉に請う。

3月4日

宗像氏貞病没(42)。

4月

高橋紹運、筑紫広門と講和する。

7月6日

勝尾城落城。筑紫広門捕らえらる。

7月12日

島津軍、岩屋城下に到着。

7月27日

岩屋城落城。高橋紹運自害(39)。

7月28日

寶満城開城。

7月

島津軍香椎廟へ乱入。放火のため焼失。

8月14日

大友宗麟の要請により、秀吉、安國寺惠瓊・黒田孝高・宮木豊盛等、毛利軍を督促して、立花城を援けしむ。

黒田文書

8月18日

高祖の原田衆二千人を以って、那珂郡内へ稲なぎに出動する。立花衆伏兵の計により、これを敗走せしむ。

豊前覚書

8月24日

島津勢、立花上の囲みを解きて兵を撤収する。

上井覚兼日記

10月24日

黒田孝高の臣久野四兵衛馬乗十騎、人数百程を率い、箱崎に宿陣。筑紫広門、原田信種等下城勧告の検使なり。

豊前覚書

12月3日

久野四兵衛、箱崎城戸家に宿陣し、博多町人還住の触状を廻し、箱崎千軒の者に、博多焼跡の草刈を命じる。

豊前覚書

12月21日

久野四兵衛、博多町割りの下検分及び下図作製を終わる。

豊前覚書

1587(天正15)

1月24日

大谷吉継、秀吉九州下向の路次筋の制札、博多・宮島の朱印について連絡する。

中村文書

4月7日

安國寺惠瓊、豊前岩石城において、秀吉と共に楢柴の茶器を拝見する。

萩藩閥閲録

4月23日

豊臣秀吉、博多再興のため、還住町人の諸役を免除。

改正原田記附録

5月23日

大友宗麟、津久見の館にて没(58)。

6月1日

筥崎座主方清、薩摩国より箱崎に帰着する。

豊前覚書

6月4日

豊臣秀吉、薩摩国に至りて島津氏を降し、帰京の途、箱崎に駐留する。

宗湛日記
島井氏年録
九州道の記
豊前覚書

6月7日

豊臣秀吉、小早川隆景に筑前国及び筑後三郡を与える。

小早川家文書

6月11日

豊臣秀吉、博多町再興を命じる。

筑前博多町割間杖 宗湛日記
島井氏年録 博多記 太閤記 日本渡航記 筑前国續風土記

6月11日

立花城主立花統虎、筑後国柳河へ国替えとなる。

豊前覚書 立花文書