定年後の読書ノートより
敗北を抱きしめてー第17章:成長を設計するージョン・ダワー著、岩波書店
この第17章が、この本の中で一番面白い。何故こうした視点で、日本の進歩的歴史家達は、日本の現代史を把握出来ないのだろうかと残念でならない。終戦、そして深刻化する冷戦体制の中でアメリカ世界戦略の転換が、日本の戦後にどのように大きな変化を与えたかが追跡されている。「非軍事化と民主化」という当初の理想を追求した占領軍アメリカは、世界戦略の転換で当初の理想を船外投機し、反共の砦としての日本に再構築していく。しかしその過程で、日本の経済は驚くほど急速に、強力に生まれ変っていく。

終戦は当初日本の巨大資本家達にとっては、密かに歓迎されていた。資本家の方が、経済官僚より征服者の合理主義を歓迎した。荒廃した日本経済の復興、アメリカは上からの経済の民主化と非軍事化を推進、その中心となったのは、「傾斜生産方式」、ここでは労働力と資本を石炭、電力、鉄鉱、肥料、造船、繊維の6部門に重点的に集中させるトップ方針。これが企業と政府を癒着させる汚職の温床となる。しかし、このトップ政策により、マクロ経済政策が、大企業と政府を接近させ、効率的な短期経済復興に果たした地盤創りの意味は大きい。

インフレは深刻化し、「帝国の会計士」ドッジ氏来日。インフレ抑制経済再建プランが発表され、緊縮財政下、中小企業の倒産が深刻化した。しかし日本の経済体質は、もう戦前の如き安い労働力による輸出推進体質ではなかった。360円の円ドル固定体制により輸出環境が整い、さらにドッジ体制による不況下に突然1950年6月25日、朝鮮戦争による特需経済が日本の経済を活性化させた。戦後日本にとって天降る贈り物は「平和と民主主義」そして「朝鮮特需」による経済復興であった。

倒産寸前のトヨタは救済され、デミング博士の品質管理手法は、日本の製品品質を著しく向上させ、財閥解体で骨抜きにされた持株会社に替って、旧財閥系都市銀行が、過剰融資ともいわれる資金調達を推進、戦時中、重化学工業の基礎が上からの指導で整い始めていた日本工業は、先進科学技術導入で一気に技術革新が進み、大きな世界市場に瞬く間に日本製品は進出していった。しかしアメリカはライバルとして、日本企業の復興を敵視するのではなく、反共の砦として、これを援助する立場に終始立たされた。日本は戦後荒廃から華麗に立ち直った。そこには、中央官僚指導の保守主義が、上からの指導に対応する強調主義を生み、経済は合理化され、その体制は広く受入られ、日本の国家経済体制は右寄りではあるが、その後大きく安定成長していくこととなる。

日本の、かっては左翼急進派と言われた進歩的経済学者も、こうした経済復興には少なからず寄与している。彼等の論理は、「資本主義か社会主義かいう問いかけではなく、今日本に必要なのは、経済の斬新的社会化が不可避である」という認識だった。

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