定年後の読書ノートより
敗北を抱きしめてー第5章:言葉の架け橋―ジョウ・ダワー著、岩波書店
  • 講談社は人々が本当に欲し、必要としているのは、戦争について正面から深刻な反省をくわえた大作などでなく、たのしい小説、明るい小説だとした。しかしこれはまじめな社会批判や政治批判はしないという昔からの同社の出版方針の踏襲に過ぎなかった。
  • 日本人は、現状を維持することに慣らされていなかった。それどころか、明治維新からずっと、日本人は変化の嵐にまきこまれてきたし、そのうえ戦争が変化のプロセスをさまざまに加速した。
  • 戦後の出版物には、現実逃避的な短命なものがかなりあったが、大部分はまじめで理想主義的であった。戦後の「刊行の辞」はこの点を伺う資料として価値がある
  • 復刊した改造と似合いの一対をなしたのが、岩波世界でった。世界の誕生は注目すべきものであった。同誌の発刊の辞は、リベラル派や、左翼のほぼ代表的見解といってよい。
  • 占領の目的は、民主主義、個人の尊重、言論、信教の自由、そして世界平和にある。世界の編集者は、人間の本質と普遍的な正義であると強調した。
  • 敗戦後の日々は、「近代化」と「西洋化」の時代に生きながら、どのように個人のアイデンティティや個性をしっかりと確立し主張できるかという問題の、最新の段階に過ぎなかった。漱石はこの問題をいまだかってない繊細さで追求していたのである。漱石ブームは個人における苦悩と慰めの再思考を促した。
  • 我こそは日本を愛すと自称した者達が、実際は日本を惨禍におとしいれたのであり、逆に尾崎は、知的洞察力をもち、時代に流されず、自称愛国者たちに対しても最後まで逆らう勇気を持っていた数少ない一人であった。
  • 多作で疲れを知らぬ作家、宮本百合子。宮本百合子は犠牲と受苦を象徴する存在となった。夫の急進的な政治活動を積極的にささえた百合子は、男女のロマンスと女性の解放を文字通り体現した存在であった。
  • それは進歩的知識人が編集したもので「きけわだつみのこえ」という、タイトルがつけられた。彼等の文章の根底には、死ではなく生への渇望が流れていた。読者がこの本から受ける圧倒的な感動は、戦争で人命が無駄にされ、かつ人材の悲劇的な損失があったということだった。
  • そもそも本のタイトルじたいが含みの多いもので、無言のうちに過去の響きを伝えていた。「わだつみのこえ」とは軍国主義者が好んで引用した万葉集の言葉だ。こうした言葉の架け橋は、人々が過去とのつながりを維持し、目的を持って生きる為に極めて重要なものであった。

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