定年後の読書ノートより
カラマーゾフの兄弟、第4編、破裂、ドストエフスキー著、河出書房
大岡昇平・小説「野火」に下記の如き一節が長い間、自分にはひっかっかていた。

「青年期自分は教養によって、迷蒙を排除してきた。その結果社会に対しては合理的自己については快楽的な原理を身につけてきた。しかし何故か自分は地平に見える十字架に行ってみたくなった。ジャングルから出て十字架に行ってみた。」

社会と自己とは対立的位置にこそあれ、全くの別物である。大岡昇平の社会と自己とをはっきりと対立させた識見は、自己を社会に従属させようとした全体主義体制そのものへの鋭い暗示でもあったとも今になって見えてくる。

ロシヤ文学は、スターリン体制下長期にわたって不毛を強いられた。社会は自己の生き方の上位に位置するとする傲慢なるスターリン哲学は、人間性を窒息させ、文学を死を追いやった。「ドストエフスキーの作品は、ソ連社会主義にとって毒である」。そうスターリン体制は断じた(除村吉太郎著「ロシヤ文学について」参照)。その傲慢さがソ連社会主義体制そのものを死に追いやった。

第4編、破裂のストーリを短くまとめてみる。

死に行く長老ゾシマ。奇跡とは何か、修行僧フェラポンドは、既成教会に対し、苦行を重ねる我こそは真の聖者だとうそぶく。アリョーシャのあわただしい1日。父フョードルは欲望から自己の老後を設計する。それは金と不要者排除の思想のみ。帰途、川を挟んで両岸で子供達が石を投げ合う所に出合う。6人対1人。アリョーシャはいじめられている1人少年から経緯を聞きだそうと近づき、激しく少年に噛み付かれる。きっとこれには何か訳があるに違いない。僧アリョーシャは少年の後ろ姿を目で追う。

リーザを訪ねた。リーザの家には兄イワンと中佐令嬢カチェリーナが2人の別離を語りあっていた。カーチャは生涯をドミトリーに捧げるという。アリョーシャはイワンとカーチャが結ばれる事を願うと話す。しかしイワンは自分はカーチャの元を去るのだといい、部屋を出ていく。カーチャからドミトリーが酒場にて子供の前で、みすぼらしい親を辱めた横暴を聞かされる。カーチャから憐れな2等大尉に渡してくれと200ルーブルを預る。2等大尉は貧困のどん底にあり、家族達はあえぐように生きていた。石を投げた少年も、この家の一員だった。父の受けた屈辱に少年はカラマーゾフ兄弟の1人に噛み付いたのだ。

2等大尉とアリョーシャ、家の外に出て静かに話し合う。「この200ルーブルで、再起して下さい」。アリョーシャは誠意をもって、2等大尉に語りかける。話はやっとうまくまとまりそうかにみえた時、2等大尉は突然金を放り投げアリョーシャに曰く。「あなたをよこした人にそう言って下さい!へちまは自分の名誉を金で売りません。」「あんな恥じをかかされて、その代りにお金を貰ったら、うちの子になんと言い訳ができますか!」

アリョーシャは中尉を追いかけ、無理に金を握らせようとはしなかった。

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