定年後の読書ノートより
カラマーゾフの兄弟、第9編、予審、ドストエフスキー著、河出書房
この編は面白い。テンポも早く、サスペンスも張り詰めている。小説は面白くなければならない。

官吏ベルホーチンはホフラコーヴァ夫人を深夜遅く訪ね、ドミトリーが果たして夫人から金を手にしていったのかどうかを確かめる。夫人には世間裏情報をいち早く耳に出来たことを官吏ベルホーチンに感謝する。筆者は思わせぶりに、2人のその後はいずれお話しますと結ぶ。

隣町モークロエには、警察署長ミハイル、検事イッポリート、予審判事ネリュードフ等がかけつけた。ミーチャはすでに大分酔っていた。娼婦グルーシェンカはすっかりミーチャに心を開いていた。

訊問は、多くの百姓男を呼び集めて、ミーチャを監視しながら始った。ミーチャは最初グリゴリーは血まみれになっていたが死んではいなかったと知って喜ぶ。「俺は無罪だ。俺の無罪は話せば判る」。ミーチャは出来るだけ判ってもらおうと、昨日からの自分の全てを明らかにしていく。

話の中で幾つかの行き違いはミーチャと検事の間の空気をまずいものにした。その度に、検事の訊問は厳しくなっていった。杵のこと、3000リーブルのこと、1500リーブルのこと、父の部屋のドアが空いていたこと、閉まっていたこと、話は微妙に食い違っていく。ミーチャはすっかり疲れてきた。

次第にミーチャは苛付いてきた。なんということか、署長、検事等はミーチャに着ている物全てをここで脱げといってきた。ふしぎにも、着物を脱いだとき、彼はいかにも自分が周囲の人達に対して、悪いことでもしているような気がした。ことに奇妙なことには、自分が彼等のだれよりも下等なものになって、彼等も自分を軽蔑する権利を充分もっているということに、みずから同意するような気持ちになった。

裸の自分をくるむ一枚の毛布、自分を見張る百姓の眼、、何故自分だけが、裸で恥じをさらさねばならないのか。「人を犬の子かなんぞのように思ってやがる」とミーチャは歯ぎしりした。彼はじっと「小僧ッ子」を見つめながら、沈んだ目つきで、にくにくしげににたりと笑った。彼は今あれほど誠実に真情を披瀝して、自分の嫉妬の歴史を「こんな人間」に物語ったということが、いよいよ恥かしくてたまらなくなった。

自分の心を彼等の前で真っ二つに割って見せたのに、彼等はこの機に乗じて、その割れ目を指でほじくりまわす。おまえたちは永久にのろわれた拷問者だ。

ミーチャは金のことだけは口を割ろうとはしなかった。しかし検事は言った。「訊問を受けるものは、そのほうが自分にとって有利だとおもったら、むろん訊問にはこたえないでもよろしい。しかし、そういう場合、被疑者はその沈黙のために、とんでもない損失を受けないものでもない。ことに、これほど重要な訊問の場合にはなおさらである。」と。

やがて、訊問は終った。もう周囲のすべての人間たちは、ミーチャを容疑者として、冷たく扱った。人々は冷淡に変った。ミーチャは自分から別れの挨拶をしようとしたが、だれもが、挨拶から逃げようとした。それどころか、「わたしはあなたから「おまえ」呼ばわりわれる覚えはありませんからね」と念をおされた。ミーチャは口をつぐんだ。顔は真っ赤になった。と一瞬急に激しい寒さを感じた。ミーチャの馬車は出発した。

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