定年後の読書ノートより
読書について・他二篇、ショウペンハウエル著、岩波書店
この本をもっと早く読んでいなかったのは、後悔される。過日吉田先生の書に啓発され、昨日名古屋の本屋を探して見つけだした。帰途車中で「思索」を読み、警句戒めの言葉が胸に突き刺さる。

「読書とは他人にものを考えてもらうことである。本を読む我々は、他人の考えた過程を反復的にたどるに過ぎない。」「つねに乗物を使えば、終には歩くことを忘れる」

「他人から学んだに過ぎない真理は、我々に付着しているだけだ」「数量がいかに豊かでも、整理がついていなければ、蔵書の効用は覚束ない」「知識をいかに多量にかき集めても、自分で考えぬいた知識でなければその価値は疑問だ」

「我々が徹底的に考えぬけるのは、自分の知っていることだけだ」「知る為には学ぶべきである。だが知るといっても真の意味で知られるのは、ただすでに考え抜かれたことだけである。」「自ら思索することと読書とでは精神に及ぼす影響において信じがたいほど大きなひらきがある。」

「読書は思索の代用品に過ぎない」「もともとただ自分のいだく基本的思想にのみ真理と生命が宿る」「我々が十分に理解するのは自分の思想だけである」

思想家には多量の知識が材料として必要であり、そのため読書量も多量でなければならない。だがその精神ははなはだ強力で、そのすべてを消化し、同化して自分の思想体系に併合することが出来る。その精神はたえず視界を拡大しながらも有機的な組織を失わない壮大な洞察力の支配下に、その材料を置くことが出来るのである。その際、思想家自らの思索は、パイプオルガンの基礎低音のように、すべての音の間をぬってたえず響きわたり、決して他の音によって打ち消されない。

「外からの刺激が内からの気分と緊張に出会い、この2つが幸運に恵まれて一致すれば、対象についての思索は自然必然的に動き出す」

「心に思想をいだいていることと胸に恋人をいだいていることとは同じようなものである。我々は感激昂奮のあまり、この思想を忘れることは決してあるまい。この恋人がつれなくなることはありえないと考える。しかし去る者は日々に疎しである。もっとも美しい思想でも、書き留めておかなければ再現不能となるおそれがあり、最愛の恋人も結婚によってつなぎとめなければ、我々を避けて行方も知れず遠ざかる危険がある。」

「自分の興味をひくもの、言い換えれば自分の思想体系、あるいは目的に合うものだけを精神のうちにとどめることだ」「反復は研究の母なり」。

重要な書物はいかなるものでも、続けて2回読むべきである。それというのも、2度目になると、その事柄のつながりがよく理解されるからである。さらにまた、2度目には当然最初と違った気分で読み、違った印象を受けるからである。つまりひとつの対象を違った照明の中で見るような体験をするからである」。

「精神の清涼剤としては古典の読書にまさるものはない。わずか半時間でもそれを手にすれば、ただちに精神はさわやかになり、気分は軽やかになる。心は洗い清められて、昂揚する。」

「精神を備えた人々の作品をひらくと、著者たちは真実の言葉で我々に語りかけてくる。だからこそ我々は鼓舞し、養う。」「すぐれた文体は第一規則として、主張すべきものを所有する」「文体は精神のもつ顔つきである」「著作は著者の思想の復製品である」

「良書を読む為の条件は、悪書を読まぬことである。人生は短く、時間と力には限りがある」

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