定年後の読書ノートより
シルクロード、深田久弥著、角川新書(1962年)
明治の末に生まれた、夢想好きな人々にとっては、中央アジアは憧れであった。ゴビ砂漠、コンロン山脈、敦煌と聞いただけで胸が高まる。中央アジアに関する本が一番盛んに翻訳されたのは戦争中であった。出版事情が不自由な時代に、中央アジアの本は国策的見地から優先的待遇を与えられたのかも知れない。

中国甘粛省は西北に奇妙に伸びている。この細長い回廊こそ、西方異民族と争奪戦が繰り広げられた西域へ通じる要地である。この回廊を河西回廊と呼ぶ。洛陽、長安、敦煌、ハミ、トルファン、タクラマン砂漠、ヒンヅークシュ山脈、のコースである。シルクロードは幾つかのコースがあり、別のコースとしては敦煌、玉門関からタリム盆地、パミール高原を通るコースや、北京からシュンガル草原、天山山脈、サマルカンドを通るコース等がある。

中国から西へ向かうには、どのコースを採っても、荒涼とした、険悪な長い道を通らねばならない。

深田久弥は、1886年ヤングハズバンド氏横断紀行や1926年オーエン・ラティモア紀行そして1928年のスビェン・ヘディンのゴビ砂漠の中央部を横断した旅を紹介している。当時は駱駝だけが頼りの旅だった。深田久弥氏は中島敦の「李陵」を読め、これは昭和文学の傑作だという。この作品は、中国漢の武帝が如何に凶奴と戦ったかが書かれている。

ウイグルのハミ、トルファン、ウルムチ、敦煌、カラシャールの町の様子が紹介される。「さまよえる湖」ロブ・ノール、天山山脈とタクラマカン砂漠にはさまれたクーチャ、大谷探検隊渡辺哲信や堀賢雄も訪れたオアシスの町、アクスも紹介される。シルクロードの分岐点カシュガール、「大唐西域記」にも出てくるホータン、そして天山南道のチュルチェン、これらシルクロードの町々を深田久弥は想像力豊かに書き上げてくれる。

正直、どこまでが歴史紀行文献資料に基づいて書いたのか、どこからが実際革命後の中国現地を深田久弥氏ご自身が歩いて書いたのか、その区分は読者には判りにくい。しかしこの本を読むとシルクロードがどういうものかぼんやりと見えてくる。

深田久弥は書いている。中央アジアに関する本は、それぞれの専門の見地から多数書かれている。その一つの門を潜るだけでも一生の仕事であろう。自分には、昔の探検家達が困難を冒して辿った道を地図の上に探り、彼等の持ち来した写真や絵を眺めて、未知の境に空想を走らせるだけで十分である。私は今中央アジアの本を集めだした。盲蛇におじず、これが私の流儀である。

過日私も久ぶりに上京した機会に、2日間神田古本屋を歩きまわり、トルストイと中央アジアシルクロードに関する本を大量に買い込み、自宅に託送した。これからゆっくりとそれらの本を順に読みこんでいきたい。

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