定年後の読書ノートより
日本共産党綱領を読む、不破哲三著、新日本出版社
2001年1月日本共産党の中央党学校での不破議長の講義をまとめた本。重要な箇所のみをメモの形で記録する。

第2次世界大戦を戦ったドイツ・イタリア・日本のファッシズム3国で、日本のみは、当初より民主主義、平和の活動は許されず、共産党は非合法下の存在であった。絶対主義的天皇制というものは、憲法上国民の存在はなく、憲法に出てくるのは臣民だけだった。内閣も首相も憲法上の存在はなかった。軍部は勝手放題できる体制が最初からあった。戦争と軍事を「天皇の大権」とし、議会はもちろん、政府介入も許さなかった天皇制の体制が、日本の侵略戦争とその拡大を可能にした。それゆえ、戦前の日本共産党のかかげた綱領の旗は、天皇制の打倒を中心任務とする民主主義革命という方針が重要な意味を持つ。治安維持法により命を落した人は、1682人、逮捕された人は7万5千人に及ぶ。

ポツダム宣言受託により、世界の民主勢力の要求にに従い、日本は主権在民の政治体制になった。この考え方を憲法に盛り込もうとしたのは日本共産党だけしかなかった。今や天皇制は国政に関する機能を有しない。アメリカは降伏条項を保障する存在に過ぎなかったが、米ソ対立と中国革命の勝利により、アメリカは日本をアメリカの世界戦略の前線基地にかえる方向を目指し、手のひらを返すような急展開した。以後、アメリカの民主・平和勢力に対する攻撃は大変激しいものになった。一方ソ連の思惑は、スターリンの独裁下、野坂のかねての内通により、徳田と共に、暴力革命を前提とする中国式革命路線を日本に押し付けようとし、ソ連と中国の大国干渉は50年問題を引き起こした。極左冒険主義の破産、党の分裂を克服したのは、第7回、第8回党大会における新しい綱領問題討議だった。綱領討議の問題点は、アメリカの従属関係をどう評価するか、反帝反独占の民主主義革命か、社会主義革命かという位置づけにあった。

レーニンは国家と革命の中で暴力革命必須と唱えているが、これは間違いである。マルクス・エンゲルスも選挙による議会が国政の最高機関という権限を持っている国では、議会の多数をえての革命が、労働者階級が政権につく道筋になりうることを主張している。

ソ連崩壊をとらえて、社会主義崩壊論があるが、崩壊したのは、社会主義とは無縁の覇権主義、専制主義であり、我々は自主的な科学的社会主義の運動を目指していく。

マルクスは資本論草案(1857年)の中で言っている。「人格的な独立性を持った個人は、商品生産と資本主義の時代を経なければ生まれない」と。新しい社会の何よりの体制的特徴は、利潤第1主義を乗越える体制だというところにある。資本主義が利潤第1主義の体制、利潤拡大以外なにものをもかえりみない生産の為の生産体制を解決出来ないとしたら、それは、人類の歴史の中で、資本主義がその役目を終えたことの告白だと言わなければなりません。

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