定年後の読書ノートより
私の読んだ本、松田 道雄 著、岩波新書
  • ローザ・ルクセンブルグの「経済学入門」は最初に読んだマルクス主義の解説書だった。いままでブルジョア経済学が、資本家による労働者の搾取をどんなに隠してきたか。労働者は労働力を売るたびに、賃金以上の価値を資本家にわたしている。この搾取をなくすには、資本主義制度そのものを改めねばならぬことを学んだ。
  • 自分は少なくとも、豊かには食えないが、食うことと知恵でいきることを一致させてみたいと思った。マルクス主義は捨てたくなかった。目の前の社会を説明するのにマルクス主義は間違っていない。
  • 敗戦で左翼出版物がどっと出てきたのを、がぶのみするように読んだので、マルクス主義の教養は著しく増えた。しかしそんな時でも、マルクス主義だけでは、埋められないものが、心のなかにあった。
  • 丸山真男氏の「日本ファシズムの思想と運動」には感心した。日本の反動的な思想の歴史と、それを誰が支えたかという構造をこれほど明確に書いた文章に出会ったことがなかった。マルクス主義の公式にとらわれないで体制を批判することができることを教えられた。
  • フロムの本は面白かった。人間の生活は生理的要求と孤独をさけたいという要求の2つによって押し進められていて、孤独に耐えられない弱さから文化を作り、自由であることがこわいので、ファシストにでも何でも強い者に頼るという議論だった。
  • マルクス主義が暴落したということになったら、自分は破産ではないか。もし、スターリンのマルクス主義が虚妄だったとしたら、昭和の始めから、逃げたり、隠れたり、おびえたりしてやってきたことは、すべて無駄だったということになる。人生50年というが、もうすんでしまったではないか。自分にとってマルクス主義とは何であったのか。それを問わないでは死にきれない
  • 資本家階級と労働者階級とが対立しているというより、資本家とミドルクラスとがつくる多数が、底辺にいる少数者にすべてのいやな労働をおしつけて、泰平を楽しんでいる。多数決の原理ではこの分極の状況をかえることは出来ない。底辺にいるひとりひとりの人間としての権利を守るということがなければ、どん底から浮かび上がらせることは出来ない。
  • 大多数の労働者が字が読めなかった今世紀の初めのロシアの運動の理論であるレーニン主義が、今日のように高校へ行く子の方が、中卒よりも多い日本で、果たしてどれだけ役にたつのか。
  • 「ロシアの革命」を書き上げ知人に送ったが、社会科学研究会の先輩だった名和藤一氏は、読み終えて暗澹たる気持ちになったといってこられた。
  • 虐げられるものは解放されるだろう、圧政者は倒されるだろう、悪は善に勝つことは出来ないだろう、如何に栄えても、不正は亡びるだろう。立て虐げられたもの、餓えたるもの、19世紀の思想はそういった。しかし、いま19世紀の思想は安田講堂の落城とともにほろびた。

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