定年後の読書ノートより

もてない男―恋愛論を超えてー小谷野 敦 著  ちくま新書

著者は1962年生まれ。東大英文科卒。学術博士。明治大学講師。

著者は現代っ子。コミックや落語、現代小説や酒の席の話題などをテーマに、自分の思いを強引に展開していく。そこには、我々一世代前の人間には、ついていけないというか、おいおいこんなことを君は真面目腐って書き続けていく積りなのかよと声を掛けたくなるような、小気味良さがある。

 

曰く。

人間長生きすればいいというものでもない。何の楽しみもなく長生きして、何になるというのだ。お前には恋愛にしか人生の喜びはないのか。あまり恋愛上手でない人間にとって、恋愛は楽しみより苦しみを多くもたらす。ならばやめてしまえ。中流階級の結婚には、この人でなければならないというような恋愛はなく、交換可能な相手とたまたま結ばれるに過ぎない。しかし何といっても恋愛から抜け出すのは容易ではないよな。

 

面白いのは次の場面。

私の見るところ、もてない男の方が美人にこだわる傾向がある。もてる男はブスに寛大であり、ハンサムな男の妻が意外とブスだったり、美人が風采の上がらない男を恋人にしているという例が多い。男が美人にこだわるのは、単に審美的に自分が鑑賞して、所有したいという意味合いより、世間からもてない男と思われている分を、美人を妻にして見返してやりたいという心理が働くからだ。この現象はアメリカの経済学者ソースティン・ベブレンの「顕示的消費」の理論で説明できる。ベブレンは有閑階級は、他人への見せびらかしの為に消費行動を行うと言う。もてない男は、「まあ、あいつの女房ならあの程度だ」と思われるのが我慢ならないのである。その点もてる男は、女房の美醜にあまりこだわらない。ブスよ、希望を持て、ハンサム男は君たちのものだ。・・・・・と書いてござる。

 

森鴎外の「雁」にはヒロイン女性のオナニー場面が書いてあるぞ、よく探してみろとか、昔の人間は源氏物語を読みながらオナニーにふけっていたかとか、ドッキとするようなことをあちこちで書いたりしているが、最後のまとめはこんなところ。

「人生には恋愛のほかにももっと面白いことがたくさんある。年の若い人に恋愛至上主義が多いのは、まだ人生のほかのおもしろいことを知らないからだ。かといって大人になっても恋愛至上主義ってな奴は、人生にやりがいのある仕事を見つけられないでいる気の毒な連中である。」と。