定年後の読書ノートより
野火、大岡昇平著、ちくま日本文学全集
12月哲学セミナー例会でNHK「レイテ戦記」を見た。大岡昇平「レイテ戦記」を読むべきですと福田先生。レイテでの日本軍敗北は悲惨だった。投入兵力84000人、戦没79261名。90%の兵士が死んだ。飢えた敗残兵は人肉すらも口にした。大岡昇平はこの地でさまよい、「俘虜記」「野火」を書き上げた。作品は昭和戦争文学の最高傑作と評せられ、「レイテ戦記」と共に、今次大戦での貴重なドキュメント文学であもる。

主人公田村一等兵は肺結核、しかし野戦病院からも追い出され、原隊も帰ってくるなと言う。芋6本をあてがわれ、田村はジャングルを徘徊する。見渡せばあちこちに不気味な野火が上がる。現地人ゲリラ兵士の襲撃が怖い。野戦病院は砲撃で破壊された、田村は1人ジャングルをさ迷う。死はとうに覚悟していた。死は観念ではなく、映像となって近づいている。ジャングルをさまようある日遠く地平に十字架を見た。青年期自分は教養によって、迷蒙を排除してきた。その結果社会に対しては合理的、自己については快楽的な原理を身につけてきた。しかし何故か自分は地平に見える十字架に行ってみたくなった。ジャングルから出て十字架に行ってみた。

畢竟の不安を進むときベルクソン哲学を思った。哄笑がもれた。愚劣な作戦の犠牲になって、逃げ惑う同胞。地平の十字架は無人の廃家だった。そこで自分は1人の現地娘を銃で殺した。ふたたびジャングルをさ迷う毎日が続いた。何処からともなく集まってくる戦友は、銃を所持する野獣に過ぎなかった。兵士の人肉を食う、そんな会話が交わされていた。アメリカの追撃は完璧だった。自分達に遺された道はジャングルの徘徊しかなかった。病院の戦友に出会った。呉れた食べ物は猿の乾肉だった。しかし猿とは敗残兵の死体であり、油断すれば戦友は自分をも殺し、食べようとしている。その前に相手を殺す。生きるには、戦友を殺さねばならない。殺した。

帰国後自分は精神病院に入っている。幾つかの幻想。自分は人肉を食べなかったと信ずる。しかし自分の失われた記憶を追い求める苦しさの中に、自分は本当はすでに死んだ人間ではないだろうか。今自分は生きているのだろうか。判らなくなってきた。神は自分を救ってくれたのか。神に栄えあれ。

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