定年後の読書ノートより
ガラクタ経済からの脱却を、政治学者 ダグラス・スミス、朝日新聞2002、1、5
新春各社論壇の中で、一番光っていたのは、この論壇だった。ダグラス・スミス氏は昨年末アフガニスタン問題で氏の講演を聞き、今後の活躍を期待し注目しているアメリカ政治学者。

人々は物を買わなくなった。もう日本人は必要品は手に入れている。しかし人は経済を救う為にもっと買えという。ガラクタを買えということか。経済機能は私達に必要品を提供するためにあるはずなのに、経済機能をうまく機能させるために欲しくもないガラクタを買えというのか。

しかもガラクタを買う為に、残業までして、苦しめというのか。ガラクタを買う為に、資源を消費し、環境を破壊し、戦争までしなければならないのか。

経済が発展すれば、余暇が増えると期待してきた。しかし経済が発展すればするほど、労働時間は長くなり過労死や文化の破壊までが進む。

「もっと消費せよ」という人は日本社会をわかっていない。問題はより質素な消費文化になっても崩れない経済制度に変えることは可能かということだ。言い換えれば、消費は今後、減るに決まっているが、それが「質素」になるか、「貧乏」になるか、ということだ。

消費優先の価値観が、このまま続くわけがない。問題は、人々がそのことを理解して、意識的に、意図的にそれを変えるか、それとも相変わらず、残業―ガラクター残業―ガラクタの悪循環を最後の破滅まで続けるのか、ということだ。

今日本の経済はマイナス成長になっている。それは危機でもあるが、歴史的な大チャンスでもある。マイナス成長を、発展が止まったのではなく、「対抗発展」が始った、というふうに考えたらどうか。

「消費せよ」といくら言われても、私達は、もう、おいそれとは踊れない。

ダグラズ・ラミスさんは実に当面する日本の経済情勢に関して鋭い視点を提示しておられる。しかしラミスさんの視点は容易に日本の施政者に受入れられるはずがない。例えば、新春日本経済新聞社説では、ラミスさんの視点と真っ向から対立し、世界は大競争時代にあり各国が懸命に走っている時、ゼロ成長目標は静止でなく後ずさり、失速を意味すると主張する。そして危機の現実を直視することが、行動への出発点だと結んでいる。私も今年一杯よく現実を直視したい。

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