定年後の読書ノートより
良文に学ぶー文章鑑賞と文章作法―井上敏夫著、明治出版
著者は「井上敏夫国語教育著作集全5巻」を昭和57年明治図書より出版している埼玉大名誉教授。この本は「国語教育」に連載した「良文発見―文章作法」として連載したもの。内容は目次を見れば判る。文章のスピード。書き出しのセンテンス。具体的事実から始める。対話文による描写。文章のもつ韻律。想の展開。平明なことば使い。話し言葉から距離のある表現。言葉の駆使力。情緒表現と連体修飾語。典雅さと比喩。敬語の抑制。欧文脈的表現。読者へのサービス。キャッチフレーズ。文末表現に注意しよう。だ調の問題。逆説的表現。読ませる論説文。こころのこめられた手紙文。冒頭と結末の対応。文章の結び方。

この中で、加藤周一氏の「羊の歌」を取り上げた「話し言葉から距離のある表現」の章は面白かった

もし、「現代の文章家5氏をあげよ」というような問いをうけたとしたら、私は加藤周一氏の名前をどうしても落すことが出来ない。氏の文章の魅力はどこにあるか。結論的にいえば、「もっとも文章らしい文章」である。別言すれば、「話しことばから距離のある形態の文章表現」である。

話すとおりに書かれた文章には、冗漫で一所に停滞していて、読んでいて歯がゆくなる文章がしばしばある。話しことばは一時はその清新さでひきつけられるが、やがて飽きがくる。加藤氏の文章は、欧文脈的な表現である。人称語、指示語、受身形、短文化、カッコ符号、―符号の引用が多く使われるのも外国語の文脈を連想させる。欧文脈的な表現は読者を一種エレガントな世界に誘導してくれる。

加藤氏の表現の中には、言葉の反復、強調、対立などの妙が、一種の美的リズムを創り出している。これらは書き言葉において、その効果を発揮することができる。一度述べたことを次第に高めて強調する。もう一度別の表現で確認する。そこにはリズム感が生まれる。無駄な言葉は完全に削除され、一語一文が的確に所を得ている。

加藤氏の文章から感ぜられるのは、こうした厳密な推敲を経た後の端正な表現・格調を感じとらせるものがある。

我々は加藤氏の文章を、あらためてこうした井上氏指摘の視点から読みたいものである。

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