定年後の読書ノートより
「西域物語」再読、井上 靖 著、朝日選書
  • 私は学生時代に西域というところへ足を踏み入れてみたいと思った。
  • 中央アジアの古い都市の回教寺院の塔の頂は申しあわせたように青い。空の青さとも海の青さとも異なった一種独特の人間の心を吸い取ってしまうような深い青さなのである
  • 張けんが報告した大宛国というのはウズベキスタンのフェルガナ盆地に建てられた国である。
  • 機上から天山やパミールを見ると、人間を拒否している大きな神の意志を感ずる。
  • 武帝は大宛遠征に李広利を選び、弐師城下の冷血馬を手に入れたいと思った。
  • 大宛の都はどこか。「漢書」の貴山城はどこか。フェルガナ盆地が有力説。
  • 武帝は日が経つにつれ、張けんの恩賞は十分でなかったと考えた。
  • 現在イシククル湖の底にはひとつの都が沈んでいると言われている。
  • 6世紀には突蕨という強力な遊牧国家が出現、全盛時代は7世紀まで続いた。
  • 玄そうは26才天竺へ脱出、40歳にて帰国。「大唐西域記」を執筆。天山をこえ、イシククル湖を見て、サマルカンド、アフガニスタン、ヒンズークシ山脈の渓谷からバーミアン、インドで高僧として名をあげた。
  • スエン・ヘディンもイシククル湖を訪れている。日本人では西徳二郎が最初である。
  • アレキサンダー大王が、アムダリアを渡って、ソクディアナに入ったのはBG329.ソクド人は勇敢に抵抗した。
  • 宗教はその大部分が拝火教である。
  • 7世紀繁栄したソクゾ人に襲いかかったのは、アラブの侵略者だった。ムグ山上にその掘り出しものがあった。ベンジケントの悲劇である。
  • ジンギス・カンがブハラ・サマルカンドを襲ったのは、中国全土を蹂躙後、1221年であった。ソクド人は勇敢に戦い、そして虐殺された。
  • アラブ圧政後、ソクド人はサマン朝を築き、ホレズムは高い文化を誇ったが、ジンギス・カンは徹底的に破壊した。この美しさはブハラサマン朝の廟に見ることが出来る。
  • サマルカンドに集結したホレズム11万、それに対する蒙古軍。市民軍はひとり残さず虐殺された。
  • ホレズム王アラジン・ムハメッドの運命は、息子ジュラル・ウッディングのアフガニスタン・バルフにまで及ぶ。
  • モンゴルによって、中国には元朝が、東西トルキスタンにはチャガタイ汗国が、ロシアには、キブチャック汗国が、ペルシャにはイル汗国が生まれた。
  • チムールはチャガタイ汗国を征服、ペルシャのイル汗国、ロシアのキプチャック汗国を征服した。チムールは中国に兵を動かし、途中に病死する。
  • ナボイは中世ウズベキ語で詩や散文を書いた。
  • ブハラの町は、シャイバニ朝の姿を今日に伝えている。この町では老人が尊敬されている。
  • カブールの印象は、灰色の町一色という一言につきる。
  • バーミアン盆地の現れは唐突であった。急に渓谷が広くなり、両側の岩山が遠のいたと思ったら、そこがバーミアンの盆地であった。
  • バーミアンは標高2700mの高地で、三方を山に囲まれている。西方はヒンズークシェ山系の山々が幾重にも重なっている。

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