定年後の読書ノートより

戦後史ノート(上)、恩地日出夫、川村善二郎、紀平悌子、真継伸彦著、日本放送協会
ジョン・ダワー「敗北を抱きしめて」を読んで、何故日本人は自らの戦後史をジョン・ダワーのように、泥臭い実生活を基礎にして書けないのかと憤りを感じていたが、実は、既に「敗北を抱きしめて」と同一視点にたった戦後史が「戦後史ノート」と題されて、NHKで放送され、1冊の本になっていた

1975年(昭和50年)4月より、翌年4月まで56回にわたって、「NHK午後のロータリー」で放送されたこの戦後史話は、庶民の生活と意識を歴史的に見直そうと極めて具体的な問題提起をしている良い本だと思う。

ミスリー号降伏文書調印では、イエスかノーかのパーシバル将軍とフィリッピン防衛アメリカ軍指令官ウェーンライトが同席し、調印万年筆は彼等が保管していることや、江戸時代浦賀に現れた使節ペリーが持参していた星条旗がミズリー船上に飾られていたことがこの本にも書かれている。

DDT散布は総司令部から無償供与されたものと大衆は信じているが、実は2年後すごい請求書がアメリカ当局から日本側に回ってきたことはこの本で始めて知った。戦後、人々の熱気が集まったヤミ市は総数6万店と言われ、そこに流れる商品は、軍部が本土決戦に備えて貯えた隠匿物資商品。隠匿物資がどんなルートでヤミ市に流れたか、この本でも鋭く追及している。アメリカ軍の麻薬さえもヤミ市には流れていた。サラリーマン月給が500円即ち日給20円時代、ヤミ市1日の儲けは3千円也だったと。

当時話題になった10円札、作画は水彩画家の相沢光郎氏。我々もあの10円札の図案が、極めて異様で、アメリカ軍が菊のご紋を睨み付けるデザインだと聞かされていたが、著者は相沢に直接作図秘話を問い正す。初の婦人警察官は昭和21年に登場、当時は男性警察官からの嫌がらせもあったとOGは思い出話を語る。

民衆は飢えていた。米よこせデモが本格化しようとしていた矢先、マッカーサー元帥はデモ禁止命令を出した。この禁止命令が戦後史の中で大きな役割を果たしている。労働組合や左翼政党は驚愕、保守派はおおっぴらにマッカーサーのデモ禁止命令を大歓迎した。配給は1日成人1260カロリーの計算、44キロの大人はそっと座っているだけのカロリー。これではやっていけない。食糧統制法は悪法だ、しかし悪法でも法である以上守らねばならないと餓死した東京地裁山口義忠判事。しかしこうした食糧事情下でもヤミ市にはいつでも米があり、人生は金であるという哲学を日本人庶民は自然に掴みとった。ドイツの軍人捕虜は秩序正しく、敗戦でも少しも崩れなかったが、日本の軍人捕虜は無道徳、明らかに日本文化のもろさを露呈した。

戦後民主主義とは、2度と戦争を起さないように軍国主義に代わる哲学として日本人に植え付けられたものであり、こうした倫理観を、日本人は容易に受け入れた。占領軍の中にも2つの流派があり、進歩的なニューディール派民間人主体の民生部と保守的な軍人がほとんどのG2(情報部)、この2派は日本政党を巻き込んで、権力争いを続けた。

戦争と貧困という不幸は、いつでも、どこでも性を生活の手段とする女性を大量に作り出す。しかし敗戦直後は生きる為に何でもした日本人も、現代ではお金の為に何でもする金の道徳感に服従してしまっている。今や金の道徳に馴らされて、反抗精神が消え失せてしまっている。

田村泰次郎「肉体の門」に描かれた人間像とは、精一杯、兎に角人間として生きようと生きる欲望が見事に描かれている作品。時代は自分自身が納得しての生き方がそろそろスタートした。

以上が、戦後史ノート上巻概要だが、しかし、本書とジョン・ダワー「敗北を抱きしめて」とは歴史の捉え方が違う。どう違うか。

ジョン・ダワーには、戦後史をある一定の距離をおいて見つめる視点があるが、この本はあくまで当事者に没入している。従って自分の価値判断、 哲学体系が顔を覗かせる。一方ジョン・ダワーは一定の距離を置きながら、一貫してあるストーリを意識的に物語の背景に隠して、そのストーリーがチラチラと覗くところが面白い。即ち戦後史を動かしたのはアメリカ占領軍の巧妙な占領政策のすごさであり、その政策にまんまと乗せられて、アメリカの手のひらの上で踊り暮れる敗戦国日本人庶民の無邪気な姿があわれにも、またふてぶしくも見えてくるところが面白いが、その深みがこの本には無かった。

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