定年後の読書ノートより
七つの章の・繊維つれづれ、山本 祐彦著、近代 文芸社
山本祐彦氏は東洋紡の大先輩。その大先輩を前に、前著「四季折々・繊維つれづれ」読後感に小生は「技術はもっと地味で、実践的で寡黙の世界に生きている」と書いた。この読後感が山本氏の目にとまり、「貴方は技術と雑学の違いをこの本のどの箇所に読み取りましたか?」と鋭いご指摘のお手紙を頂いた。

氏は、現役を退いた今も知的エッセイという新しい随筆世界の確立を目指し、次々と新しい本を出版される。氏の目指される知的エッセイとは、かって東洋紡に在職され、天然繊維から合成繊維まで、素材から最終製品まで、技術開発から営業企画まで、アジアからヨーロッパまで、民俗学から経営哲学まで、あらゆる分野を網羅した経験と実践知識を基礎に、毎年必ず更新したというノート30冊以上を座右に、そして最後は名門御幸毛織の社長という経営実績も収められ、広い人脈ネットワークを今も大切にされ、これ等すべてを背景にして、次々と発行される知的エッセイの世界、氏には今は怖いものは何も無しの毎日かも知れない。

1999年「四季折々・繊維つれづれ」、2000年「七つの章の・繊維つれづれ」に続いて、2001年には、「わたしの痛快なガス談義」と本の発行は次々と続く。

今回手にした「七つの章の・繊維つれづれ」は、前著と同じく春・夏・秋・冬の各篇から成立している。第1章、「和服」。「絹なり」とは、セリシンを取り除いたフィブロンが擦れ合う時に発する音だ。この原理を応用すれば、ポリエステル繊維でも「絹なり」の音を出すことが出来る。繊維断面形状に、1万分の1ミリという微細な凹部を形成してやることだ。繊維同士は擦れ合ってきしむさいに「絹なり」の音を発する。

日本の和服に相当するアジアの衣裳は、朝鮮のチマ・チョゴリ、ベトナムのアオザイ、インドネシアのバティック。伝統衣裳の話題は山本氏の豊かなアジア経験を基礎にどんどんと広がっていく。

第2章は、ケルト人の民族歴史から始る。司馬遼太郎の「街道をいく」を向こうにまわして、アイルランドのビートルズにも話は及ぶ。もうひとつの話題は中空繊維による海水淡水化、沖縄北谷町での装置は347億円を要した。半端な投資ではない。第3章はタータンチェックとナイロン・ザイル。ナイロンは低温状態において、抗張力は大きいが、摩擦に対して弱い物理特性を持つ。しかしナイロン素材の素晴らしさは、登山史を変えた。今ではエベレスト登頂経験者も100人以上となっている。

第4章は水着素材としての「スパンテックス」。第5章はアメリカズ・カップ。「帆」の素材・超強力繊維ケブラーそしてザイロン。第6章は礼服、「究極の黒」の染色こそ技術的に最も難しい。第7章は「発熱・蓄熱性合成繊維」の開発、特定な電磁波を吸収したり、放射するセラミックを利用した保温衣料の商品化も可能な時代がやってきた。著者曰く、誠に繊維は興味は尽きない。読んでいく我々も、最新繊維技術情報にすっかり驚いてしまう。こうした情報は、技術者である我々が書かねばいけないテーマかも知れないが、とてもここまで、次々と豊富な話題で、読者の興味をつなぎとめながら、話をどんどん前に進めることはとても出来ない。

あらためて、ここでもう一度、「技術はもっと地味で、実践的で寡黙の世界に生きている」と、自分は啖呵をきれるだろうか。前著読後感に記した自分の一言は、山本氏の真髄を正しく評価していなかったと深く反省する次第です。山本様が築かれようとしてみえる、知的エッセイの世界、これは山本様の50年の及ぶ背景があってこそ可能な世界です。

大先輩、恐れ入りました。この膨大な背景資料に基く知的エッセイの世界、これから自分はしっかりと勉強させて頂きます。

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