定年後の読書ノートより

わたしの痛快なガス談義、山本 祐彦著、近代文芸社
名エッセイスト団 伊球磨 氏の 「パイプのけむり」に魅了され、「けむりのように」大気中に消える「ガス」にちなんで、思いきったタイトルがつけられた。「わたしの痛快なガス談義」。タイトルイメージにたがわず「わたし」の「痛快」な「談義」が始る。

最初のエッセイ:「毛織物のルーツ探し」は1991年繊研新聞・月曜随筆に掲載されたもの。かって我が国羅紗ルーツともなっている幻のオランダ・ライデン産高級毛織物を自分も一度手に触れてみたい、そんな思いをこめて「ライデン・シーボルト コーナ」を閉館間際に訪問し、見事に願いが達成されたという思い出話。続くエッセイは「コロンブスの足音」。約4年間の中米・コスタリカ勤務を終え、南スペインに休暇を楽しんだ時の思い出話。「回教徒」との戦いに勝利したイザベル女王、戦費奪還はコロンブスの大冒険に賭け早速彼を呼び戻す、コロンブスは欣喜雀躍して、足音高く駆け戻った「ビーノス橋」。歴史秘話を今も伝える旧都紀行の面白さ、山本氏の旅の話題はどんどん広がる。こういう話は世界をかけ巡った国際人だけが語れるダイナミックな痛快談義。

話はさらに進む。何故 杉原千畝氏はユダヤ人を救ったか、山本氏は、日露戦争で日本国債を大量に買ってくれたユダヤ人財閥「ロスチャイルド家」への報恩が、この話の裏にあったのではなかったかと山本氏独特の推理が膨らむ。さすが経済人の直観。経済人の直観に対し、ここでは青二才小生の推論。当時の日本外交は広田内閣、近衛内閣共にソ連脅威論が底流にあった。ところが1939年8月ヒットラーとスターリンは突如日独伊防共協定を破って独ソ不可侵条約締結。これには日本外交も青天のヘキレキ。日本外交大混乱。リトアニア赴任直後の杉原氏にも大きな衝撃だったに違いない。ユダヤ人への大量ビザ発給の裏にはドイツ不信へ日本外交の見せしめの一石があったかも知れない。勿論私も杉原氏のヒューマニズムに燃えた勇敢な行動に心より敬意を持つ一人であり、戦後氏の名誉回復を喜ぶ一人です。しかしさすが山本氏、本件に関してわざわざ杉原記念館まで電話を掛け、真相に迫っているからすごい。

この本の圧巻は、なんといっても終章「世の中の移り替わり」。最後のエッセイ「ロシアの原子力潜水艦の事故」は、興味深く2度読み直した。沈没した潜水艦に残された酸素残存量は20人分だけ。生存者は50人もいる。誰を残して、誰に死んでもらうか。クルスキー艦長はぎりぎりの決断を日記に書き残していた。そこには世のリストラ企業経営者の苦しみと通ずる心の苦悩がある。さすが山本氏は企業経営者の視点。実はこのエッセイ、もっと続きを書いて欲しかった。誰を選択するか、この「極限状況」における人間ドラマを、今は第1戦を退いた山本氏が、淡々と心の内面をここに綴って頂けたら、この本はどんなに素晴らしいエッセイ集になったでしょう。

勿論そのエッセイとは深刻な小説的手法ではなく、今や人生の頂上に上り詰めた老企業経営者が、豊かな人生経験に通じた一人として、リストラで揺れるこの社会状況を眺め、クルスキー艦長と同じくどんな決断を下されていくのか、そんな思いの一端がエッセイとしてもし綴られたら、どんなに多くの人々が、この本を読みたいと思われるであろうか。この終章には「中高年者の自殺者急増現象」という本件に関連するエッセイがあり、「失業」という経済的な問題が「精神的な問題」に及び自殺する中高年に関して、著者は深刻な問題提起をされておられる。今我々が直面している深刻なこのテーマを、松本清張流社会派推理小説とはもう少し別の視点から、すなわち今は第1戦を退いた老経営者が綴る知的エッセイという新しい視点で、氏の鋭い観察眼を直前のこの問題に焦点をしぼられたとしたら、どんなに異色なエッセイが展開されていだろうかと今にして思います。

実は、この本は著者山本祐彦様ご自身よりご贈呈頂いた。当初「奇妙なタイトル」に一瞬たじろいだが内容は、どうして、どうして、とうとう一気に終章まで読み終り、久しぶりに男らしいエッセイにお目にかかり、力作のすごさにいささか自分も呑み込まれた次第です。著者山本祐彦様に有難く感謝する次第です。

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