定年後の読書ノート
ヘーゲルを読む会、第3回、「キリスト教の精神とその運命」福田静夫先生、
ヘーゲルの生きた時代のドイツ:封建制度下で近代国家体制以前の体制。ヘーゲルはルソー、カントに共鳴、ロマン主義にあこがれ。若き時代より徹底した教養主義者であった。ヘーゲルは、ギリシャ哲学、ヘレニズムにあこがれ、カントの考えをあてはめて、聖書を徹底的に読み込み、ヘーゲルのキリスト像を創りあげていった。

勿論、ヘーゲルのユダヤ教、キリスト教に対する考え方は生涯を通じて大きく変化していく。その背後には常に、古代ギリシャとの対比があった。またヘーゲルのキリスト教に対する考え方の変化の裏には、フランス革命の影響が大きく存在することも見逃してはならない。フランス革命の影響は、革命後半のテロリズム横行に対し、啓蒙主義への失望と、内面的な道徳強制、理念強制は非人間的なものにつながっていくとのヘーゲルの見方を示している。

愛による運命との和解、他との調和の世界は、掟、法律による外部から反撃では和解、修復は不可能との考え。

ここで福田先生より、「キリスト教の精神とその運命」第1章の読み方が披露。

このテキストは難しい。大学哲学科のテキストとしても、乗越えるには大変な努力を要する。このテキストで最初の部分、注目すべきサワリは、精神、魂、運命等の言葉はヘーゲル的言葉であり、多分にギリシャ哲学から取り入れている概念である。そのためギリシャ哲学や自然法の流れをよく勉強すること。自然の支配と自然との適合、美と調和、自然法としてボップス型、ロック型、ルソー型等の流れをきちんと整理すること。

ユダヤ教=アブラハムの論理とは、共同体を切り裂き、外部からの強制的な支配、すなわち律法による支配、外的恐怖を意味する。ここでは、マルクスが唱えた労働疎外論理の原型をヘーゲルにみることが出来る。

ヨセフ=自らを神聖化。神による内示。これは戦前の天皇主義支配に通ずるものが見えてくる。

モーセ=奇跡は作為と見抜くヘーゲル。ヘーゲルは決して神秘主義者ではなく、合理主義者だった。

律法=ユダヤ教の精神。選良思想。今日のイスラエル国家の横暴を予見したヘーゲルのユダヤ描写には恐ろしい予見すら当たる。

契約=神が人間と契約。絶対的主権は自分になく、神にある。予言者に従う自分=無。

ノアとニムロデ;自然との関係の破壊。ノアははるかに力のある神を持ち出して支配をしようとし、ニムロデは、人間を神とみなして自然を支配しようとした。ユダヤ・アブラハムによる支配。ユダヤの異国民との対立。ユダヤは愛を欠如し、排外主義に徹し、全世界に対する侮蔑。ユダヤ民族以外への敵視。憎悪。先住民の絶滅。神への隷属。絶対的神を媒介とする自由な国家形成は出来なかった。絶対的神に支配されねばならないユダヤ民族。

愛とは他者における自己の本質の発見。神が外にある=ユダヤ教。ギリシャ=神が内にある。以上、ヘーゲルを読む会でのやり取りの断面。全体的ストーリはなかなか掴まえにくい。

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