定年後の読書ノート
ゴルギアス、プラトン、中央公論社、世界の名著
人間の社会で知識がひじょうに支配力を持ってくると、知識が社会をコントロールして行かねばならない。人間の知識はいかにあるべきか。ゴルギアスとは対話対象者の名前。ソクラテスはゴルギアスに論争を持ち込んだ。弟子のポロスとカリクレスがゴルギアスを応援した。カリクレスといういささか現代人みたいな冷徹な男が登場して、ソクラテスは慌てる。かろうじてソクラテスに対話の軍杯は上がったが、読者はカリクレスのニヒリスティックな論戦に拍手を贈る。ニーチェもそうだった。

カリクレス登場直後の最初の言葉。

ソクラテス、あなたがそうやって得意そうにまくしたてている様子は、まるでもう、正真正銘の大道演説家そっくりだね。正義の知識を持っていない弟子に正義を教えないと答えれば、憤慨するだろうし、教えると応えた為に、親方ゴルギアスは自分で自分の言葉の矛盾に落ち込んだ。これがソクラテスの思うつぼだった。

ポロスもまた不正を受けるよりも不正を加える方が醜いとソクラテスに迎合したら、金縛りにあってしまって、口を封じられた。ソクラテスよ、貴方は真実を追究すると称しながら、俗耳に付入ろうとする人だ。もし人が恥かしいという気持ちに負けて、心に思うことをそのまま口に出して言う勇気を持たないならば、必ずやその人は矛盾したことを言わざるを得ないはめに陥る、そこにソクラテスは目をつけて、その罠を抜け目なく議論の中に仕掛けておく。すなわち、相手が法律習慣のうえのことを考えながら何か言うと、それを自然のうえのことにすりかえて質問し、相手が自然のことを言えば、今度は法律習慣のことがらにすりかえる、これがソクラテス貴方のやり方だ。と。

ゴルギアスとソクラテス、ポロスとソクラテス、カリクレスとソクラテスという、問答の組み合わせは3度代わるが、これはゴルギアスとポロスが心臆してなかなかホンネが出せず、世間並みの表面的な考え方に妥協してしまうのを、その度にソクラテスがうち破って、最も赤裸々に考え方を大胆に吐露するカリクレス登場にいたり、対話はその最終段階に達するというストーリ。

ニーチェはソクラテスの論理よりも、カリクレスの雄弁に共鳴する。小生も同じ、カリクレスこそ、筋が1本きちんと入って極めて論理的であり、その一方ソクラテスの論理にはくどさにいらいらが先立つ。

プラトン哲学を学ぼうとするならば先ず「ゴルギアス」から読めといわれ、 「ゴルギアス」を無理して読んでみた。しかし、想像以上に「ゴルギアス」の内容には失望した。あえてこれ以上プラトン哲学を対話編で読み続けたいとも思わない。どうも自分には、こうしたくどい、しかも観念的な話の展開は好きになれないようだ。

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