定年後の読書ノート
私たちのシルクロード、平山美智子著、中公文庫
夫平山郁夫氏は、昭和20年8月6日、広島市で原爆にあい、後遺症と身体の不安に長く苦しんできた。心身ともに生き抜かなければならないと悟りを拓いた氏は再出発を期し、平和を祈り、己自身が救われることを「仏教伝来」に託して、昭和34年シルクロードを描き始めた。平山郁夫氏は、以後、唐僧、玄奨三蔵の18年間中国からシルクロードを通ってインドへの経典の旅に心酔し、平山氏をシルクロードの画家として、出発点に立たせた。氏29歳の時だった。全てはシルクロードから始った。昭和34年「仏教伝来」、昭和35年「天山南路の夜」、昭和36年「入涅槃幻想」日本美術院賞と大観賞受賞、こうして、氏の国際舞台での活躍が始る。そして昭和43年、本書に登場する平山美智子さんもご一緒のシルクロード旅行となる。ここから平山ご夫妻のシルクロードの旅が始った。しかし、くわしく読んでいくと、旅の企画は美智子様が進められ、平山氏御自身は、スケッチブックを持って、とにかく既定路線に乗っていく形。

昭和43年7月 23日間、ソ連、アフガニスタン、パキスタンの旅(本書第1章)

昭和44年12月 26日間 インド、セイロン、カンボジアの旅(本書第2章)

昭和45年12月 30日間 イラン、イラク(本書第3章)

昭和46年12月 20日間 レバノン、ヨルダン、シリア、イラク(本書第4章)

昭和48年5月 37日間 アフガニスタン、イラン、イラク(本書第5章)

シルクロードをここまで、一貫して求め続けた大紀行は、他に無いと思う。すなわち、井上靖もここまでダイナミックにシルクロードを歩いてはいない。そうした意味で、平山美智子氏のこの本は一気に読み通し、得るところ、すごく大きく面白かったし、感動した。

先ず、平山美智子さんのエネルギーに感服した。自分も東南アジアを随分歩いたが、しかし、旅を愛して、ここまで丹念に現地調査を重ね、記録をまとめ、一貫したストーリにまとめ上げるエネルギーは持ちあわせていなかった。

第2に、平山美智子さんのものすごい行動力に感服した。旅行出発に際して、日頃の幅広い人脈を総動員して情報を収集する。実に積極的に行動される。このすごい行動力に感服する。

第3に平山美智子さんの健康な身体維持に感服する。何を食べたって、何を飲んだって、どんなに高山地域に出かけても、へこたれずに、わずかな体調不調など吹っ飛ばして、目的をやり遂げてしまう。この健康さは、並みの女性では不可能な世界である。

そして、平山美智子夫人の会話力、対応力、知力には感心する。例え、戦後いち早く、女子美専から東京芸大に入り直した秀才だとしても、会話は、また別の機会で磨かないと身につく力ではない。

平山美智子著、私たちのシルクロードは世界地図を横に置いて、ゆっくり紀行文と地図とを比較しながら読んでいくと、ますます面白さが倍加してくる本のひとつである。

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