定年後の読書ノート

テロリズムと日常性―「9.11」と「1968年」の精神、加藤周一著、青木書店
ロシアが29000、アメリカが14000の核兵器を所有し、どちらかが先制攻撃を仕掛けたら、地球は間違いなく破壊するという恐怖が核のバランスであり、「冷戦」であった。ソ連崩壊後、軍事力で米国は完全に優位となり、もう自分の好きなことをどんな相手にも強制することが可能となった。圧倒的な軍事力格差を非対称性と称します。米ソが対称であった時代、大国間の均衡を利用して、第3国は自国の主張を発言することが出来た。しかし、今はアメリカの前に、いかなる国も発言出来なくなっている。

「9.11」は「同時多発テロ」ではなく「反米テロ」と言うべきだ。米国は世界の中で孤立しつつあり、日本は孤立化しつつある米国を支持している。そんな日本は米国にとっては、足手まといだが、政治的・心理的にはアメリカを支えている。勿論日本が反米テロの標的になる可能性もあり得るが。

日常と非日常、米国が「進歩」だと思ってやってきたことは、世界の非対称、政治・経済・軍事の格差をひろげ、これがテロを起す原因となっている。

テロ防止には、この格差を是正することである。米国の傍若無人な態度を止めさせるには、米国自身が「特権」を放棄して、格差や非対称性を是正するように努力することが必要である

1968年ベトナム反戦運動と「9.11」を比較し、米国内にこれからどのように反体制勢力が立ち上がっていくか、注目している。テロとは日常性に乱入した非日常性と定義すると、日常への回帰によって事態が終息する。今回のテロの背景には、南北格差、或いは非対称の問題がある。この問題の解決の一つは、北側がある程度まで、特権を放棄して、格差や非対称性を是正するように努力することが必要でしょう。

1968年学生運動の意義は、自己の特権を放棄して、他人の権利を拡大することにあった。しかし学生達に欠けていたのは、階級的自覚が足りなかったことだ。もう一つは主観的傾向が非常に強かったことです。

いかなる帝国も滅びますから、アメリカもいつか滅びるでしょう、しかし、それは長い目でみた場合で、短い目でみれば、なかなか滅びないと思います。

現在の日本は、マルクス主義に代る変革運動を支える思想は希薄であり、この閉塞状況の中で、運動の足がかりとなるヒントはどこにあるか、これは難しい問題です。しかし、現実に働きかけたいという情熱さえあれば、いろいろとなすべきことはあります。社会を少しでも変えようとする意志の火はともし続けた方が良い。小さなことでも良いから、積みあげて、ある段階で社会変革がおこることを期待するというやり方で。この方法は極端な主観主義をさけられる。極端な主観主義は何も行動しないときに浮かぶものです。

現在の日本には、市民が自発的に集まる凡人会のようなグループは無数にある。社会的な力にはなり難いが、権力はここまでは及ばない利点がある。この小さなグループが 連携して、具体的な問題を解決する流れを広められないか。

南北格差は科学技術の差でもある。そして高度に細分化された社会の全体が、ますます見えにくくなっている。こういうときこそ、文学の抵抗は大切です。

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