定年後の読書ノート
ウズベック紀行・再読、加藤周一著、加藤周一著作集10、平凡社
1959年、社会主義ソ連が打ち上げたスプートニックの昂奮から覚めやらず、社会主義への期待を誰もが胸に強く懐いていた時代、日本の知識人としては始めて、社会主義ソ連・ウズべック共和国に長期滞在し、社会主義の現実を見つめ、新時代を切開くウズベックの真実の姿を報じた、岩波新書ベストセラー。

この紀行の結論は、偶然にも最近加藤氏が書いた「テロリズムと日常性」の文章と一致している。「もし万一戦争がおこれば、それはもはや防衛や安全保障の問題などではなく、世界中の無残な破壊しかないことを、われわれの誰もが知っている」。氏の世界認識は、40年間一貫している。氏は知識人として今日本が最も大切にしたい1人である。

この紀行は1959年に書かれている。ここには当時の加藤氏の共産主義観が明確に記されている。「共産主義は低開発国の工業化の最短距離ではないか。富の公正の分配ではない、富の絶対量を引揚げたいのだ」と。

インドから飛び立った飛行機が、アフガニスタンからウズベキスタンに入ると、上空からの景色は一変する。これこそ、社会主義だと氏は感動する。かっての飢餓のステップは今や灌漑工事により、豊かな緑地に自然改造されていた。

科学者でもある加藤氏は、技術者がステップ土壌の塩分を如何に取り除く技術を開発したか、その技術の詳細を聞き出していく。土壌の塩分を除く独特の灌漑法とは、細い管を地中に配置して、塩分を洗い出す方法であり、管の口径、材料、配置間隔、深さなど技術的問題を聞き出していく加藤氏の執拗な質問姿勢は、さすが東京大学医学部を卒業した科学者の目である。

こうした実見を度重ね、加藤氏は、社会主義は労働者のために、生産、教育、衛生の配慮が第1義的に為されていると実感する。社会主義は人間の叡智を集め、自然の壁をつき破り、ステップを緑野に変え、人間の営みとその進歩を人間の幸せの為に持ちこんでいると結んでいる。

しかし40年後、ウズベキスタンの現実はどうなったか。パミール高原の雪解け水を運ぶアムダリア川・シルダリア川灌漑工事によって、農地作地面積は、確かに400万ヘクタールにまで拡大出来た。しかし綿花生産は、逆に550万トンから500万トンへと毎年減産が続いている。何故か。その理由は、灌漑管理が劣悪なため、綿花を作付けする耕地に塩害が広がっており、アラル海周辺の環境破壊は、地球的規模の複合汚染になっている。この公害被害はチェルノブイリ原子力発電所事故にも匹敵し、社会主義ソ連が侵した地球規模の公害として、今も深刻な被害を周辺諸国に及ぼしている。

勿論この紀行文を発表した当時の加藤周一氏は、こんな大問題がその後社会主義ソ連に発生しようとは夢にも想像していなかった。

加藤氏は、ウズベックで幾つかの回教寺院を訪問、回教と社会主義を考えている。氏は結論として、「回教は社会主義40年の歴史の中で、中央アジアで1000年以上も培ってきたイスラムの力を失ったように思われる」と書いておられる。しかしソ連崩壊後の今日、イスラム過激派は、ロシアの政治的根底を揺さぶる破壊活動を重ねていることを40年前の加藤氏は夢にも想像しなかったろう。

国営集団農場コルホーズの生産効率、品質管理はソホーズに比較して劣るのは何故か、ここでは疑問のままに終っている。しかし、コルホーズこそ社会主義ソ連が中央アジア何百万人の農民を餓死させたいたましい歴史のたまものであり、その背景にはスターリンの名の下で強行された大粛清の歴史が隠されていることを、この当時の加藤氏は勿論知る由もなかった。

「非スターリン化現象とは批判精神に富んだ自由な精神を大切にする社会主義教育の大きな成果だ」と加藤氏は好意的に解釈しておられる。加藤氏の社会主義に対する見方は今から思うと、余りにも肯定的、楽観的、表面的過ぎたのではなかったかと言わざるを得ない。

私は、加藤氏を非難する気持ちは全然ない。しかし、その後の明らかになってきた社会主義の実態と比較して、加藤氏が認識されていた社会主義の姿とはあまりにも隔たっていたことは事実である。

加藤氏は日本が誇る数少ない知識人の一人である。その加藤氏でさえも、社会主義ソ連の実態は見抜けなかった。かって飯田経夫先生が、NHK教養講座でぽろりとこぼされた言葉。「社会主義ソ連に、多くの社会科学者が訪れた。しかし、彼らの誰一人としてソ連の実態を見抜いた人はいなかった。私は社会科学者になったことを恥かしく思うし、今も自己嫌悪におそわれる」と。

私は、昨年ウズベキスタンにJICAの仕事で長期間滞在する機会を得た。ウズベキスタンの人々は、決して社会主義制度そのものを悪く罵ってはいない。加藤氏が当時構想していた様に、共産主義化こそ、彼ら低開発国にとって近代化への近道だったかも知れない。

しかし、私自身は先進国日本にいて、その後の社会主義ソ連崩壊への歴史を見て、次の如く考えている。我々先進国は社会主義化を急ぐべきでない。何故ならば、社会主義システムは独裁者出現にあまりにも無防備過ぎる。従って、独裁者出現を防御出来るシステムを確立しない限り、危なくて容易に社会主義への道は進めない。独裁者出現防止の道とは民主主義確立以外にはないだろう。我々は、先ず民主主義を確実のものにし、その後国民の合意に基いて社会主義システムに進めば良い。まず、身近に真実の民主主義を確立すること、これが今の我々に課せられた緊急事だと思います。

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