定年後の読書ノート
「私にとっての20世紀」余聞、加藤周一、学士会会報 No837 (2002-W)
一昨年岩波書店から出した「私にとっての20世紀」に付け加えたいことが2つある。一つは文学・芸術のこと、もう一つはファッシズムのこと。

「超現実主義」=シュールレアリスムとは、今我々が常識的に知っている現実のほかに、もうひとつ別の現実があるという考え方です。その根本的な原則とは世界のデコンポジションー世界をばらばらにすること、世界を根源的な秩序にまで分解することです。しかし、全体をもういっぺん集める力―再編成する力は強いとは限らない。いや、社会活動を見ても、例えば10月革命にせよ、ヒトラーにせよ、分解力は強かったが、新しい秩序に編成する力は弱く、本当に新しいものは出てこなかった。

話題を変えて、もう一つのこと、ファッシズムについて。

ナチの殺戮、ユダヤ人殲滅作戦を実施したのは、ナチの犯罪だとして、今まで追求してきたドイツ国内で、最近、新しい動きが出てきた。ドイツ人が徹底的に追求してきたのは、「ナチの犯罪」であり、「ドイツ国防軍」は別の組織として、全く触れずにきた。日本人が日本軍を厳しく追及して来なかったように、ドイツ人も「ドイツ国防軍」を糾弾してこなかった。

今回「ドイツ国防軍の犯罪」と題するドキュメント展覧会がドイツ各地で開催、組織としての国防軍の犯罪を明らかにした。同時期、フランスにおいても、ナチ占領下のフランス市民を問い直す動きが出てきた。ナチに抵抗した勢力10%と、ナチに迎合した勢力10%以外の、80%のフランス人は、2者択一ではなく、段階はあるが、矢張り何等かのナチへの協力があり、これを明らかにすべきだという動きが出てきたこと。

20世紀は変革の時代だった。革命は政治革命だけではなく、世界に対する見方の違いの革命が起きた。その中にシュールレアリスムも入る。そしてファッシズムへの見方も。それは否定か賛成かではなく、あらゆる段階のニュアンスがそこにはあった。それこそは、あらゆる政治的変革の、あるいは体制維持のための基礎であり、それなしには、どういう体制も成立し得ないと思う。(平成14年6月20日午餐会講演要旨)

「大内力先生の謝辞」

加藤さんがお医者さんだったと知って驚いた方もみえるでしょう。加藤さんは高等学校時代から歴史・文学・芸術・哲学について、深い知識と理解があった。今回20世紀について、今まで判らないままに我々は現実に対応してきたが、変革にヨタヨタと対応していく意味を本日いろいろと示唆して頂いた。社会的組織というものは、ますます人間の顔が見えなくなってきている。しかしそういうものを作り出していくのが20世紀だったと反省し、個というものが何であるか、この機会によく考え直したい。

ここをクリックすると目録に戻ります