定年後の読書ノート
ホテルアジアの眠れない夜、蔵前仁一著、講談社文庫
著者はグラフィック・デザイナー・要するに漫画家。旅に出る。風来坊の自分自身を主人公に漫画を描く。これが意外とサマになる。そんな芸当が出来る若者がアジア各国を訪れ、自らを主人公にして漫画を描いて挿し絵とする。横ページに、漫画の説明を書いていけば、これが結構本になって売れる。つい最近まで、本屋には海外旅行コーナがあり、こんな本がドーンと積んであった。しかし今は不景気、そんな本は売れない。ブックオフでは、出版社からそのまま放出されたであろう新本が、1冊50円で売っていた。興味本位にそんな旅行ガイドを2〜3冊買ってきた。

思えば、自分が東南アジアに始めて出かけたのは昭和40年、まだ1ドル360円の時代だった。台湾、フイリッピン、タイ、香港に海外出張で飛んだ。出張旅費は、当時26ドル/日だったと思う。当時はバイカウント880というジェットプロペラ機だった。米軍基地の1画を借用していた大阪空港は、進駐軍のカマボコスタイル平屋オフィス、床は板張りだったように記憶する。台北空港も市内にあり、松山空港はまだまだ計画案すらなかったし、マニラ空港ではもう少しでタクシー強盗に遭遇するところだった。ゴールデンとイエロー以外のタクシーには絶対乗ってはいけないと言われてきた。香港はスターフェリーからゆっくりと香港島にフェリーが出た。

あの時代から比べると、海外旅行もすっかり変ってしまった。学生が遊び目的で、1年も2年も海外を放浪して、気だるい心の内を本に出版して金を稼ぐことさえ出来る世の中になった。あの当時では、東南アジアで日本人に出合わうことすらなかった。マニラのキャバレーで出合った日本人とは、当時アメリカ占領下の沖縄の女性達だった。今は日本の女子大生も堂々と世界1人旅にでかけるという。

著者蔵前仁一海外旅行日記は、ネパールの1日210円生活のハウツーから始る。1食50円、宿泊1泊60円。3千円もあれば、2週間は過ごせるとのこと。こんなに安いと移動するのも面倒で、グータラ旅行者はごろごろと時間を過ごし、ついつい長居をしてしまうとのこと。では旅行者にとって何が困るか、何が気になるか。そんなアジアの安宿に、日本語で大きな落書きがあったと著者は書く。「豊かな青春、惨めな老後」。これは名言と作者も感動している。日本に帰ったって勤められる職場はないし、すっかり遊んだ後に待っているのは、キリギリスの冬だけ皆判っている。しかし、旅に遊ぶおもしろさはタマラナイ。

旅ゆけば、肝炎、マラリア、脳膜炎。外国の安宿で日本食が食べたいと高熱にうなされながら、彼らは涙する。しかし彼らは医者にも掛からず、兎に角自分で病気を治して出発する。もう10年も日本を留守にしているヒッピー達は東南アジアにわんさといるという。どんなにひどい宿だったか、どんなにひどいトイレだったか、ネズミが寝袋に入り込んでくるし、高温高湿でとうとう朝まで1睡も出来ない宿だったとか。

でも旅は面白い。生きているのが楽しくなる。こわいこと、いやなこと、困ったこと、兎に角スリルに満ち溢れた旅は楽しい。

著者はこの胸のドキドキを丹念に漫画に託して、読者にこの感動を味わってくれと語りかけてくる。

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