定年後の読書ノート
自分をもっと深く掘れ、新渡戸稲作著、竹内均解説、三笠書房
5千円札の顔、新渡戸先生は、太平洋戦争直前に活躍された国際人という評価しか知らなかった。この度、新渡戸先生を竹内均先生の紹介で詳しく知った。

1862年盛岡に生まれる。札幌農学校で学んだ後、アメリカ、ドイツで農政学を研究。内村鑑三と同級生でありキリスト教徒。英文著書「武士道」で一躍国際人として評価される。帰国後は札幌農学校教授、京都帝大教授、第1高等学校長、東京帝大教授、東京女子大学長を努め、青年の教育に情熱を注いだ。

日本とアメリカをつなぐ「太平洋の橋」となることが先生の願いだった。1933年カナダのビクトリアで病没。先生は第1級の国際人であっただけでなく、すぐれた常識人であった。「自分は専門知識は教えない。常識を教えたい。」が先生の口癖。先生は随分人生論について書いておられる。この書は1912年実業の日本社から「世渡りの道」として出版されたものを、竹内先生が編集。

先生は、この本の最初に人という字を説明しながら、自分の理想は、他人との深い結びつきがあって始めて実現されるものだと説かれる。

曰く、近来の社会学者は必ず、社会すなわち個人の集合団体に重きを置き、人生に関することは社会をもとに解決しようとする、人はただひとり離れていては何も解決出来ないものである。もし周囲に人がいなかったら、人間は恐らく今日もなお、獣と異なるところがないであろう。我々が世に生まれるというのは、多数のいるところに生まれるという意味である。全く孤立していては人間は存在できない。孤立すれば人間は動物に堕落してしまう。と。

そして最終章では、先生は、足元にある手近な仕事から始めること、安易に自分で自分を売り出すようなことをするなと言われている。

曰く。自分の現在の義務を完全に尽くすものが一番偉いと思う。そして自分の現在の義務は何であるかをはっきり認め得る人は、人生の義務と目的とを理解する道にすすむであろうと思う

人生の目的とは何かを理解することは、自分の生きる目的を理解することと同じである。自分の職業や周囲の要求する義務を、それが如何に小さくても、いかにつまらなくても、完全に為し遂げ、この人が居なくては出来ない、この人がいなくては困る、と言われるほどにならなければ、自分の天職を全うしたものとは言えない。そして人生の目的は何であるかという問題も解決できるものではないと思う。と。

そして、最後に一言。人間は利己的な存在だから、グループである仕事を仕上げたときに、その手柄を一人じめにしたくなる。一度こういうことをすると、人々はこういう人を見捨てて、以後その人とは行動をともにしないようになる。これでは愉快な人生は送れない。

「勤勉と正直を実行して成功したときにはそれを他人のせいにし、失敗したときにはそれを自分のせいにすること」

こういう生き方をしたほうが、結局は成功する。

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