定年後の読書ノート
ラッセル幸福論、安藤貞雄訳、岩波文庫
バートランド・ラッセル(1872〜1970)はイギリスを代表する思想家。1930年ソ連を旅行し、スターリン独裁による荒れ狂う粛清を西欧知識人として、真正面から取り組んだ一人。

本書で最も興味深いのは、第3章「競争」。幸福な人とは、客観的な生き方をし、自由な愛情と広い興味を持っている人。また興味と愛情を通して、自分が外の多くの人々の興味と愛情の対象にされるという事実を通して、幸福をしかとつかみとる人。こうした幸福論の基本の上にたった「競争」と称する章では、幸福の主な原因として、競争に勝つことが強調されすぎた結果、そのことが不幸の原因になっている。と指摘する。

これに対する治療法は、バランスのとれた人生の理想の中に、健全で静かな楽しみの果たす役割を認めることと最終結論を示す。要するにバランスのとれた理想と楽しみを追求する人生こそ幸福なのだという

世の中、金をどっさり儲ける人は賢い人間であり、儲けない人は賢くないというが、これは本当に正しいだろうか。生存競争とは生きるか死ぬかという競争ではなくて、隣近所の人達を追い越すことが出来るか否かという競争である。

サラリーマンは逃げ場のないメカニズムにがっちり捕らえられている。しかし彼がやっているレースは、墓場だけがゴールのレースに過ぎない。本当に自分にとって何が大切かを知っている男は多分ほとんどいない。彼の生活は強いられた全力投球型のままであり、多くの人はそのことさえあまり気づいていない。

本人が得たいと思っているのは、安心して楽しめる余暇である。ところが典型的な現代人が金で手に入れたがっているものは、なんと、もっと金を手に入れることで、その目的はといえば、見せびらかし、これまで対等であった人達を追い越すことである。一般にもうけた金が頭の良さの尺度とされている。金をどっさり儲ける人は賢い人で、儲けない人は賢くないというわけだ。

成功そのものが人生の目的だと考えられる限り、成功した結果、途方にくれてしまう男は多い。人生は競争であり、優勝者だけが尊敬を払われると信じている。感性と知性を犠牲にして、意志のみを不当に養う。要するに恐竜は勝利者にならなかったことを思いいたしてみれば良い。恐竜達はお互いにころし合って絶滅し、知性ある傍観者が彼らの王国を受け継いだ。

人生の主要目的に競争をかかげるのは、あまりにも冷酷で、あまりにも執拗で、あまりにも肩肘はった、イキザマなので、精々1〜2世代ぐらいしか続くものではない。その期間が過ぎれば、それは神経衰弱や、種々の逃避現象を生み出し、リラックスすることすら不可能になってしまう。競争の哲学で毒されているのは、仕事だけでなく、余暇も同じように毒される。これに対する治療法は、バランスのとれた人生の理想の中に、健全で、静かな楽しみの果たす役割を認めることである。

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