定年後の読書ノート
生と死の弁証法、大江健三郎、中村雄二郎、山口昌男編集、岩波書店
叢書:文化の現在第6巻。しかし、テーマにある弁証法が、どこに展開されているのか、自分には判らなかった。中村雄二郎は、インドネシアバリ島における、文化人類学的に見た光と闇、善と悪、明と暗2元的対立からの生と死を述べているが、あくまで現地観察報告であり、我々に何を言いたいのか皆目理解出来ない。

安野光雅が書いている「生命のトポロジー」より抜書き。

  • 生命の終りは死である。人間は必ず死ぬ。死の前では平等である。人は生まれた瞬間から、刻々と死に近づく。これは生命のトポロジーである。人間には恐怖心というものが用意されている。恐怖心が一種の制御装置として働き、自分を死から守っている。

岸田慶治の[人間の一生]。その抜書き

  • 人間の一生を冷静に学問の対象として分析する。そういうことは出来るものであろうか。人間の一生、あるいは人生のかたちを鳥瞰することは困難。考えれば考えるほど、人生の全体像はとらえ難い。 人が死ぬとその人の霊魂は肉体を去る。肉体を去って天上の世界へ行くと信じられている。人間は無限に生きるわけではない。

大西赤人の「現在、人として学ぶべきこと」。その抜書き。

  • これまで人類は死を遠ざけることのみ腐心して来た。今、日本人に必要なのは、改めて“死に方”を学ぶこと。それも国家のために死ぬのではなく、一個の人間として12分に生を活用した上で死ぬ、その方法論である。

加賀乙彦の「死刑囚との対話」。その抜書き。

  • 無は否認の根拠であり、不安の源泉である。この不安によって現在の時と所を生きる人間は、無の中に保たれている。それは人間の有限性と弱さを示すとともに、無を予感することによって人間は超越を、無限と永遠への跳躍を果たす。なぜならば、有るものは有限であり、いつかは滅失するが、無は無限であり常に無としてあるからだ。

河野博臣の「痛みと死と」。その抜書き。

  • 手遅れの原因を自分以外のものに転嫁する傾向もまた、癌患者の特徴である。癌患者は一般に内向的な人が多く、感情の発散が下手で、孤独感にさいなまれ、家族から精神的に離反している人が多い。病気の本質と意味を知った人間の生き方は、日頃から死を受容したような生き方にみえる。

富永茂樹の「情熱と憂鬱」。その抜書き。

  • ルネの意識は父の死をきっかけにしてあらゆる束縛から解き放たれ、無限に向って進み始めた。彼にとっては、有限なものは何ら価値を持たないのである。このような無限を目指す意識が深まってくると、どのようなことが起きるだろうか。

中村雄二郎の「魔女ランダ考」。その抜書き。

  • 天界と冥界との間に、その2つをつなぐ人間界が横たわっている。神神と悪魔達の間には人間があり、誕生と死との間には人生がある。2分法と3分法のちがいはどこにあるのか。

井上ひさし「死の前での平等」。その抜書き

*人間は自分の与り知らぬうちに、自分の人生の真っ只中にいる。氏は自分の身体がガンに侵されていることをはっきり承知している。これだけでも英雄的行為であると思う。 死には「死」という名のみがあって、その実体=正体については皆目わからない。人生の結尾部が解決不能の謎だ。まあ誰にとっても死は恐怖でしょう。

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