定年後の読書ノート
シルクロード・キャラバン、アンヌ・フィリップ著、吉田花子訳、晶文社
著者アンヌ・フィリップは1946年から1947年まで、中国のフランス大使館に勤務する夫フランソワとともに、南京に滞在した経験を持つ。1948年、中華人民共和国成立前年、近代化が始る直前の中国で、2000年の昔をそのままにとどめるシルクロードを、当時まだ唯一の交通手段であったキャラバンによって、著者みずから新疆ウイグルからカシュガルまでたどり着く。

おそらく著者を最後に、外国人としてシルクロードを旅した経験者は現代人ではいない。革命後の新疆は外国人に対しては門戸が閉ざされ、30年を経た後、NHKシルクロードとして始めて外国人に公開された。フィリップはカシュガルに到着後、パミール高原を、カシミールまでシルクロードを旅するが、ここでは、カシミールの帰属をめぐって、インド・パキスタン間の紛争が既に始っていた。

1947年にインド・パキスタンがイギリスから分離独立した際、560を越える藩王国の殆どが、インド・パキスタンのいずれかへ帰属したが、カシミールの場合は、ヒンズー教徒である藩王がインドへの帰属を表明したが、住民は大多数がシスラム教徒であった為、パキスタンへの帰属を要求し、インド・パキスタン間の紛争に発展した。カシミール地方は豊富な水と天然資源とに恵まれ、中国・ソ連に接する戦略的重要地点でもあったのでで、両国の強い要求をめぐってイギリス・アメリカの思惑などもからみ、紛争は泥沼化していった。

1965年インド・パキスタン戦争の引き金になったのは、スリナガル・ギルギットの国境線であり、今もこの緊張状態は続いている。インド人口の3分の1はイスラム教徒である。

著者のたどったコース。南京よりウルムチまでは飛行機。トラックで構成するキャラバンはウルムチ、クチャ、カシュガルの天山南路、カシュガルかラペシャワールは馬、ロバ、ラクダによるキャラバン、著者が最後に書き記しているのは、孤独に生きることは不可能。愛、友情、連帯感、共感といった人間関係こそ、何よりも美しく、喜びを与えると。

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