定年後の読書ノート
シルクロード第6巻・民族の十字路、司馬遼太郎・NHK取材班、日本放送協会
NHK取材班は書いている。

1979年8月以来、シルクロード取材班はジープを駆って西へ西へと走り続けてきた。西安をスタートして2千キロの河西回路を走り抜け、敦煌では莫高窟の美に目を見張った。そしてさまよえる湖、ロブ・ノールと、幻の王国楼蘭の地へ。タクラマカン砂漠の南縁を行く西域南道の旅は、時には目も開けられぬほどの風砂の中を進んだ。

ニヤ遺跡の壮大な落日、チュルチェン、ホータン、ヤルカンドのオアシス。一方、タクラマカンの北辺を行く天山南路の酷熱のトルファン盆地から建設中の南疆鉄道を取材し、西域音楽の宝庫クチャを経てアクスに達した。残るは、この2本が合流するオアシス・カシュガル、そしてそれに続くパミール高原越えの国境地帯への道である。

司馬遼太郎氏は、冒頭の随筆「天山の麓の緑のなかで」でこんな風に書いている。

この文章を読んでくださる人は、草原という世界に、激しくかつこまやかな想像力をかきたてていただかねばならない。それは、ユーラシア大陸の東西をむすぶ幅のひろいーそして長く、ときに放恣に砂漠によって切れ、さらにつながってのびてゆくー乾燥地帯の緑の帯である。この稿を書くについて私は念のため机の上に地球儀を用意した。私のゆう緑の帯は、ユーラシア大陸において、しばしば歴史を決定したそれのみを射すことにする。この草原に発生した文明をおもうとき、こんにちの狭い国境概念で拘束されれば、風船がしぼむように想像が萎えてしまう。このことは地球規模で思わざるをえない。なにかの自然条件―たとえば天山山脈のような長大な壁―によって遠い海から水蒸気をわずかに受けると、高根に雪が積もり、それがわずかずつ溶けて山脈や谷をうるおし、やがては固い地表の平坦地にまで草を生ぜしめる、といって、水分がわずかであるために森林を生ずるまでには至らない。乾燥地帯ということでは、草原は砂漠と兄弟でもある。つねに砂漠と抱きあわせられるように存在し、歴史の長い周期のなかで、かって草原であったところが砂漠になってしまったりする。草原に住む諸民族が、砂漠化する自然に追われて大移動することによって、歴史の動きを刺激し、ときに左右したことがしばしばあった。

格調高いしかもシルクロード天山北路の概要を実に正確にとらえた、素晴らしい文章だと思う。

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