定年後の読書ノート
シルクロード第8巻、コーランの世界、イランイラク、ローマへの道、NHK出版
イラン・イラク戦争の最中、NHK取材班はシルクロード第2部として、ローマへの道を取材していた。

陳舜臣は「うるわしの国イラン」で、ペルシャ文字こそ、芸術だと書いている。イランは芸術の国だ。宗教上の制約から、偶像を彫ったり描いたりできないので、芸術は書道に流れたと。

古代ペルシャ帝国は偉大だった。その政権アケメネス朝キュロス王こそ、イランの英雄だ。ホメイン師が、英雄キュロスの評価が低いのはオカシイと指摘する。詩がこれほど国民に浸透している国もめずらしいと。中国唐の時代、ササン王朝のとき、西域の文物がイランから長安に入った。

そのササン朝が新興アラビア軍に破られ、滅亡したのが642年のこと。イランのイスラム化はここから始る。現在世界のイスラムはほとんどスンニー派で、それが正統派とよばれているが、イランだけは大部分がシーア派である。中央アジアのイスラム圏は、トルコ系の言葉を母語とするが、宮廷など上層部ではペルシャ語が用いられた。

唐代では、デリケートな手術にかけては胡人の医師が圧倒的に信頼された。イスラムウマイヤ朝モアウィーアを正統カリフと認めるスンニー派、アリーを初代イマームとするシーア派。砂漠に生まれたイスラム教は明解である。神は偉大にして唯一なり、マホメットは予言者なり。シーア派は誇り高きイラン人のアラブに対する反抗である。

ハッサン・サッバーフはアラムートの山中にユートピアを創り、刺客を養成した。とマルコ・ポーロの東方見聞録にはある。中国の山水画の技法が、イランのミニアチュールを豊かにしたように、西アジアに産したコバルトの顔料が、景徳鎮の染め付けの焼成、中国の陶器芸術を豊富にした。

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