定年後の読書ノート
シルクロード第9巻、大草原をゆく、NHK取材班、NHK出版
この巻の行路としては所謂天山北路からタシケント、サマルカンドへ至る草原ルート訪問。1983年当時は、該当諸国はソ連邦に属し、NHK取材班には常に国家警察が付きまとい、取材制限をうるさく指示し、読む者をしてこれが社会主義かと思わせる箇所があちこちにある。

巻末に樋口隆康先生が、フェルガナ歴史紀行と題して随筆を寄せておられる。これが実に読みごたえある。

1983年5月、NHKシルクロード班の取材に同行して、フェルガナに行くことになったが、私がフェルガナについて知っていることは、汗血馬とクヴァの遺跡とアンディシャンという町の名前だけであった。

フェルガナは昔の大宛国。中国の「史記」や「漢書」には、この国のことが記されている。前漢の武帝が張騫大月氏国へ派遣したとき、この国を訪れて善馬を見た、これは汗血馬ともいわれ、天馬の子とされた。武帝はそれを非常に欲しがり、使いを送ったが、断られたので、結局大宛征伐を実施することになる。

フェルガナには仏教の通過した証拠が非常に少ない。仏教の遺跡といわれているのは、唯一クヴァがあるだけである。アンディシャンの名は、大谷探検隊の旅行記で知っていた。1902年、ロンドンから日本へ帰る大谷光端の一行は、中央アジアを調査して帰ることになった。ペテルブルグから汽車で、アンディシャンまで来て、ここで降りた。トランス・カスピ鉄道の執着駅である。汽車をすてて、ここで探検隊の隊伍をととのえ、徒歩でパミールを越えて、東トルキスタンへ向かう長途の探検行が始った。

イギリスのスタインが敦煌文書を始めとする数多くの発見物を、ラクダで運んで来て、ここから汽車に積み込んで、ロンドンに送ったという。私は西域探検の拠点であったアンディシャンの駅を見たいものだと思った。

フェルガナはウズベク共和国に属している。そもそも、中央アジアというのは、キルギス、タジク、ウズベク、トルクメンの4つの共和国を包括している。そのうち、ウズベク共和国は、アラル海の南域からブハラ、サマルカンド、タシケントをへて、東端のフェルガナまでをつつんでいる。

この東端はキルギス共和国内へ楔の如く打込んだ地域で、北、東、南はキルギス共和国と接し、西南はタジク共和国がせまっている。アレキサンダーが、「さいはてのアレキサンドリア」としたエステカ・アレキサンドリアは、レニナバードの地がそれでないかという。そのレニナバードはタジク側にあるが、フェルガナの喉部にあたる。とすれば張騫もここを訪れたかもしれない。

シルクロードというドラマは、西からはアレキサンダー大王の東方遠征、東からは前漢の武帝の大宛征伐によって開幕するが、前者は紀元前4世紀の終りであり、後者は前2世紀の中頃であった。もう少し歴史の歯車が合っておれば、アレキサンダーと武帝がフェルガナで握手することもあったかも知れない。もしそうなったら、世界の歴史は大きく変っていたかも知れない。」

以上が樋口先生の随筆の一部である。自分がウズベキスタンに出張した一昨年、すでにアフガニスタンを発するイスラム過激勢力が、キルギス経由ウズベキスタンへ潜入しはじめており、JICAではフェルガナは絶対に出かけてはいけない地域として指定されていた。帰国後、シルクロードの歴史を学ぶ度に、フェルガナこそ、シルクロードのかなめの地であると知って、フェルガナに出かけられなかった不運を悔やむ次第である。

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