定年後の読書ノート
パイドンー魂について、プラトン著池田美恵訳、中央公論社、世界の名著
ソクラテスは、自ら毒杯を飲んで、弟子達が見守る前で死んだ。死に際して、死は決して怖いものではなく、魂が自由に旅立つ、お目出度い瞬間なのだと説いた。弟子達は哲学者ソクラテスの死の直前まで、人生を論じ、死を論じ、教えを受け続けた。

下記の一文は、ソクラテスの死の数時間前、哲学者と死のこと、「肉体」を去り行く「魂」のことを弟子達と論じ、死は終末ではないと主張したあと、ソクラテスは死は本当に自分にとって喜ばしいことなのだと強調する言葉である。ソクラテスは、心から死を嬉しそうに、旅立ちとして捉えていることが白鳥を例えに美しく表現している。

印象的なソクラテスの言葉。

「おやおや、シミアス。ぼくがいまの運命を不幸だなんて決して思っていないことを他の人達に納得させようとしたら、ずいぶん骨の折れることだろうね。

君達さえも納得させることが出来ないで、僕がいつもより沈んでいるのではないかと思わせるようではね。

君達にはどうも、僕はあの白鳥よりも下手な占者だと思われているようだ。白鳥はいつも歌いつづけてきたのだが、自分が死ななければならぬことを知ると、その時は、いつもよりももっと盛んに、もっと美しく歌うものだよ。主なる神のみもとへ行こうとしているのを喜んでね。ところが人間は、自分が死を恐れるものだから、白鳥のことも思い違いして、彼らは死を嘆き、悲しみのあまり歌うのだなどと言い、どんな鳥だって飢えや寒さの苦悩を訴えるときには決して歌わないものだということを考えてもみない。

悲しんで嘆きの歌をうたうと言われるウグイスや燕ややつがしらでさえもそうなのだ。僕には、これらの鳥が、それに白鳥にしても、悲しみゆえに歌っているとは思えないね。僕の考えでは、白鳥はアポロンの鳥だから、予言の力を持ち、ハデスにおける幸せを予見して、最期の非には、それまでよりもさらにひときわ、歌い喜ぶのだ。

僕は、自分も白鳥と同類の召使いであり、同じ神に捧げられたものであり、彼らに劣らぬ予言の力を主なる神から授けられており、この命を終えるにあたっても、彼ら以上に悲しみはしないと思う。さあ、それだから、君達は何でも好きなことを言ったり、たずねたりしなければいけないよ、アテネの11人の刑務員が許す限りはね」

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