定年後の読書ノート

惑星軌道論、G.W.F.ヘーゲル著、村上恭一訳、法政大学出版局
若きヘーゲルは、1801年惑星間距離の法則性を思弁的形而上学の立場から考察した就職論文「惑星の軌道に関する哲学的論考」をイエナ大学に提出、大学で講義する資格を得た。

この論文は若きヘーゲルを学ぶ意味で重要な論文のひとつである。

この論文を理解するには、近代物理学の成立を知らねばならない。古代ギリシャ・アリストテレスは、宇宙の構造を地球を中心とする透明な殻がいくつも重なり、これに星が付いていると考えた。惑星に対する考え方は、プトレマイオスの周転円説があった。1500年コペルニクスは太陽の周りに惑星が回ると地動説を唱えた。しかし地動説と従来の天動説で、星の位置測定誤差はあまり変りなく、かつコペルニクスの地動説は天上界と地上界の区別を無くすという見地から強い抵抗に直面した。

1600年ケプラーは精密な天体観測データに基き、惑星は楕円軌道を描いて太陽の回りを回ると発表し、楕円焦点に太陽があると仮定した。さらにケプラーは、同一時間内の惑星軌跡面積は常に等しいという第2法則と、距離の3乗と周期の2乗が比例するという第3法則を発表した。続いてガリレオは、重くても軽くても同じ落ち方をすると落下運動法則を発見、これらの実験結果からニュートンは惑星間に働く万有引力を発見した。

ニュートンは万有引力によって、惑星の運動が楕円軌道になることを数学的に証明した。

ヘーゲルは、ドイツ人ケプラーの天体運動の法則から、イギリス人ニュートンが数学的に導き出した引力結論に反論している。ヘーゲルは、論理学、認識論、自然哲学、倫理学など広範な諸問題について哲学上の原理に関する諸問題を真正面から取り組み、ドクトルとしての知識水準を明示した。

しかし、この論文の末尾「補遺」にヘーゲルをおとしめる結果となった惑星間距離の推定式が明示されている。この「補遺」によって、ヘーゲルは多くの天文学者から敵意に満ちた反撃を受けざるを得なかった。すなわち当時天文学者注目の「ティティウスーボーデの法則」という惑星間距離推定式に対し、ヘーゲルは「理性と自然の同一性」原理を主張し反論した。しかし1801年奇しくも、「ティティウスーボーデの法則」の式による惑星間距離に新惑星が発見され、ヘーゲルの思弁理論は間違っていることが証明された。

しかし、幾つかの誤りを重ねながら、現在もまた多くの人々がこの論文を読むのは、若きへーゲルの弁証法的観念論確立への強い決意と、膨大な学識、カント、シェーリングの後を継いで、ドイツ観念論哲学確立への情熱をこの論文から学び得るからである。

自分にとってこの論文で興味深かったのは、哲学者はかってここまで物理学に介入していたという事実と、ヘーゲルが執拗にニュートンに反論したのは、ゲルマン民族のアングロサクソンへの敵意の現れであるという、誠に生臭い民族意識がその背景に隠されていると知って、哲学者も人間だなあと実感したことである。

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