定年後の読書ノートより
定年と読書、鷲田小弥太、文芸社
かって著者、鷲田小弥太氏より突然メールが飛び込んできたことがあった。かって鷲田小弥太氏の哲学論文を読んで、その読後感を小生の読書ノートに入力していたところを、鷲田小弥太氏の友人が発見、鷲田氏に耳打ち、早速小生にメールが来たという経過。鷲田氏より、氏の哲学論文を著者の意図するように読みとっておられる、一度一緒に飲みませんかとのお誘いまで受けたが、同じ頃、学士会報に鷲田小弥太氏、曽野綾子氏別荘で大いに飲むという身辺雑記に触れ、鷲田小弥太氏、あまりにもはしゃぎ過ぎではないか、いつまでも陽が当たらないマルクス主義哲学者から無事売れっ子ブルジョア評論家に鞍替え出来たからといって、どうしてそんなにはしゃぐのか、哲学者でもある氏の倫理感に疑問を感じ、それ以来鷲田小弥太氏の本は全然読んでこなかった。

今回はまずタイトル「定年と読書」が印象に強く残ったこと、またパラパラとめくった限りで、氏の読書遍歴が書かれているので、立花隆氏の読書遍歴を読んだ後だけに、立花氏と鷲田氏の比較も興味深く、読んでみた。

定年なったら読書だという発想は、賛同したい思う。しかし、何故読まねばならないか、その目的とするところは、立花氏と鷲田氏はちょっと違う。読書する人は良い顔している、と鷲田氏は言う。立花氏より切り込みは浅いが、多分に情緒的。立花氏は、はっきりと、知的好奇心が人間の進歩を支えた、読書とは知的好奇心を満足させるものであると明確に定義づけられる。

この本の中にも相変わらず、谷沢永一氏を称える、よいっしょがやたら気になる。谷沢氏の本を2、3冊読んだが、とても、鷲田氏がよいしょとするほどの大作家とは思わない。谷沢永一氏とはブルジョア評論家への登竜門で、仁王様の役割をになっている、貴重な陰の親分なのかと勘繰りたくなる。

かって、唯物論哲学会の吉田千秋先生が、鷲田氏もかっては良い研究をしていたのにと氏の転向を残念がっておられたが、哲学者として生きていくより、こうして、書きなぐるように沢山の本を書きまくって、それなりに北海道で優雅な生活を送る方が、人生世渡りは愉快だと鷲田先生谷沢永一先生にご指導頂いたわけであり、矢張り鷲田氏にとって、谷沢氏は大切な恩人であるわけだ。しかし、観る人はいつも観ている。そして、しっかりと見つめている。それは、昭和初期の革命家、高橋貞樹氏が、転向者として、永遠にほうむり去られようとした時、沖浦和光氏がしっかりと光を当てて、高橋貞樹氏の転向は権力への敗北ではなかったと明らかにしたように、「ある哲学者の変節」と題して、またいつの日か、鷲田氏の人生行路に誰かがしっかりと光を照射し、岩波雑誌「思想」に投稿しないとも限らない。もの書きは、こうして、万人の目がらんらんと光っている中で踊り続けるのは大変だと同情する。しかし、あまりはしゃぎまわるのも、考えものだと思う。

70年安保」を書いた西部氏も、鷲田氏と北海道の同じ高校なのか、皆良く似た道を歩くねと誰かが言っていた。

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