定年後の読書ノートより
宮本百合子と12年、不破 哲三著、新日本出版社
かって自分史にも書いたこともあるが、自分は高校時代、自らの貧困は金持ち階級と貧乏人階級の厳しい階級対立が社会的・歴史的問題として背景に常にあるのだと悟る過程で、あの戦争中に、反戦の立場を貫き通した素晴らしい作家がいたということを知り、どうしても宮本百合子全集全巻を読破したいと決意、とうとう卒業までに完全読破した。

こんな高校生活を重ねねていくことは、父亡き後5人の子供を抱え、貧困と真正面から闘っている母を裏切る結果になるのではないかと、予感しつつどうすることも出来なかった。宮本百合子の作品では、小市民階級の「事なかれ主義」「世俗的安住に甘んじて生きていく生活」が如何に恥かしく、否定すべきものであるかはっきりと訴え続けている。

しかし大学受験は恐れていたように、見事に失敗、自分は苦渋の浪人生活を余儀なくされた。自分は自らの失敗を悔やみ、自戒の念に苦しみ通した。「もっと自分の足元をしっかり見つめよ」。自戒の言葉は、その後の自分の人生を大きく変えた。友人は臆病になった自分を、「日和見主義」と蔑んだ。確かにその後の自分は、もう高校時代の如き、激しい情熱をもって読書に打込む生活は否定し、世俗的に安定志向と評される大企業技術系社員として、安穏な毎日をむかえ、これに安住してきた。

しかし、宮本百合子のあの楽天的で、少女なような素直さと、ギリシャ少年のような素朴さは、いつまでも魅力的であった。安保闘争で倒れた樺美智子さんが、「私のライフワークは宮本百合子を研究することです」と言い残していたと知り、さもあらんと樺美智子さんの情熱を忍んだ。4年前、40年に及ぶ会社生活に定年退職を迎え、今は再び猛然とかっての如き読書に打込める生活が戻ってきた。

人生には、確かにテーゼ、アンチテーゼ、ジテーゼの大きな波がある。

今回あらためて、不破さんの宮本百合子論を読みかえした。不破さんが最も目を通した回数が多い宮本百合子の作品は「獄中への手紙」だそうです。12年間、獄中の夫と交わした信念の愛の手紙は、昭和文学最高の輝きを放っていると思います。

あの戦中、多くの困難の中で、宮本百合子が生き抜けたのは、やはり傍らにじっと百合子の成長を助け続けた夫宮本顕治氏の存在だと思います。1945年8月15日、待ち望んだ「天気晴朗の日」が訪れたとき、夫顕治氏にあてて、宮本百合子がこの12年間「1点はじざる生活」を過ごしえたのは、夫宮本顕治という「安定の礎、無垢な生活が傍らに在った」からだと感謝の言葉をのべているところは、日本の8月15日を迎えて繰り広げられた数多くのドラマの中でも最も感動的な場面でもあると思います。

今や時代は、平和と繁栄に恵まれ、戦中時の苦労は夢のようにも感じられます。しかし、どんな時代でも、この社会、烈しい階級対立の中に在ることは事実であり、片時もぼんやりと花鳥風月などに遊んでいることなぞ、出来やしない。今も緊張の時代であるからこそ、我々は如何に生きていくべきか、もっともっと真剣に宮本百合子から多くのことを学ばねばならないと思う。

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