定年後の読書ノートより
サマルカンドとブハラ、ここに行きたい世界100都市、週刊朝日百科
この本の各章に付けられたキャッチフレーズ。

心のオアシス・サマルカンドとブハラ、遊牧の民 オアシスの民、潤いと癒しの古都めぐり、シルクロードを行き交う美の世界、中央アジア・ここに行きたい…等々。うまい文句を考える。本の内容は、ガイドブック特有のグラビア写真が一杯。解説記事としての、シルクロード歴史案内はもう一つ。

サマルカンド:パミール高原の雪解け水を運ぶザラフシャン川に生まれたオアシス都市。BC329年マケドニア・アレキサンドロス大王征服後、ギリシャ文明流入。ゾロアスター教が普及、ソクド商人は中国まで出かけ、サマルカンドは中国では康国と呼ばれた。712年イスラム教はサマルカンドにも伝来。ゾロアスター教会がイスラム教会に変容。その後もシルクロードの要衝地として繁栄。1220年、モンゴル、チンギス・ハーンは30万の大軍でサマルカンドを徹底的に破壊。アフラシアブの丘、旧都市跡は放棄され、西部に現在のサマルカンド再興。1370年、サマルカンドより登場したモンゴル、チンギス・ハーンの末裔チムール王朝は中央アジア各国を征服。サマルカンドはチムール王朝首都として中世文化を今に伝えるイスラムモスクを建設。特に都市中央にあるレギスタン広場とこれを囲む3つのマドラサ・金色に輝くティラー・カリー・マドラサ、勉学のウルグ・ベク・マドラサ、獅子の学院を意味するシール・ダール・マドラサ。アフラシアブの丘近くのビービー・ハーヌム・大モスクは美しい。イスラム開祖ムハンマドのいとこ、サム・イブン・アッパースが眠るイスラム聖地の一つでもあるシャーヒ・ジンダ廟群、深いブルーのドームタイルが印象的なグール・アミール廟。1年で1分間の時間差しか無かったというウルグ・ベク天文台跡、この近くで食べたシャシリクとナンが実に旨かった。早朝1人ホテルを抜け出しスケッチしたチャルス・バザール。チンギス・ハーンはそしてよくもここまで破壊し尽くしたと恐怖したアフラシアブの丘、その遺跡から発見されたソクド人商人のフレスコ画が展示されていたサマルカンド歴史博物館。

ブハラ:中央アジアはトルコ系とペルシャ系の末裔が入り組んでいる。ウズベキスタンはトルコ系、そしてブハラは長い間、トルコ語とペルシャ語のバイリンガル。7世紀アラブ軍がやってきて、ゾロアスター教からイスラム教に改宗。ここもチンギス・ハーンに徹底的に侵略された都市。しかし奇跡的に残ったイスマーイール・サーマーニー廟。これは中央アジア最古のイスラム建築、日干しレンガのシンプルさが美しい。1920年赤軍に抗戦したマンギット朝の王城アルク。大きな桑の老木が印象的だったラビ・ハウズ。チンギス・ハーンも壊さなかったカラーン・ミナレット。ブハラはサマン朝(874〜999)、チムール朝、シャイバニ朝、ブハン汗国の首都だった。町中が今も中世の眠りの中にある。

所感

中世の古都がいまもそのまま現存している不思議な空間。かってこの地はシルクロードの巨大交易都市として東西多国籍民族でにぎあい、ヨーロッパとアジアの文化が乱れ咲き、ソクド商人の人懐っこい掛け声が飛び交い、古今の征服者が砂漠の彼方から突然襲ってきた歴史の町。世界中至る所で近代化が進むこの時代、ここだけは今も、日本の奈良、韓国の慶州、中国の西安、イタリアのローマ以上に中世の雰囲気を体感させてくれる素晴らしい歴史都市。シルクロードの歴史・地理・民俗学にどんどんとのめり込んでいく定年後の自分、我が人生、結局、最後にたどり着いたのは、ここだったかという、静かな感動が、益々シルクロードへの愛着に結びついていく。

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