定年後の読書ノートより
ソクラテスの弁明・プラトン著、久保勉訳、岩波文庫
紀元前400年、民主国アテナイにおける強力な武器は弁論であった。無理想、無主義のソフィスト達の弁論技巧が横行し、旧信仰固持勢力と対立した。新旧思想の混沌の中で、ソクラテスはソフィスト達の首領に目され、その自由にして大胆さは誤解を受け、旧勢力の憤怒をかった。ソクラテスは危険思想の持主として、死刑求告を受けていた。

アテネ市民はソクラテスを糾弾した。ソクラテスは、悪事をまげて、善事となし、かつ他人にもこれを教授すると、糾弾した。ソクラテスは主張した。「どうして、私に名声と悪評がもたらされたか。神殿の巫女は、私以上の賢者は一人もいないと、神託を告げた。この神託は、何を意味し、何を暗示しているのか。私は神託に対し、反証をあげんと、賢者と言われる人を次々と訪ね、善について、美について、彼は何を知っているか確認した。

しかし、私は、自ら知らぬことを知っているが、彼等は何も知らないのにも関わらず、十分に知っていると信じている。ということは、私はあの男たちより智恵の上で少しばかり優れているらしい。そこで知った。神託は正しかったと。」

青年を迷わすのは、ソクラテスだとメレトス君いう。ソクラテスは神を信ぜざる故に、かつ神を信ずるが故に、罪有るとメレトス君はいう。自家撞着だね。およそ人間に関することの存在は信ずるが、人間の存在は信じないという人があるだろうか。

私は神託に従って行動した。もし、私が自らの賢を確かめなかったら、自ら賢ならずに、賢人顔することであり、神を信ぜぬ者ということになる。死を恐れるのは、自ら賢ならずに、賢人を気取ることである。それは、自ら知らざることを知れりと信ずることだから。

思うに死とは人間にとって、福の最上なるものではないか。本当に正義の為に戦わんと欲する者は、もし彼がたとえしばらくの間でも、生きていようと思うなら、かならず私人として生活すべきであって、公人として活動すべきではない

私には一種の超自然的な内面の声が現れる。それが聞こえる時、それはいつもわたしのなさんとするところを諌止するか、決して催進することをしない。私は一生をただ安穏と暮そうなどと思わない。死を脱れることは困難ではない。むしろ悪を脱れることこそ困難である。死は一種の幸福である。死は虚無に帰することを意味し、死は何物についても、何等の感覚を持たないから。

死は一種の更生であり、この世からあの世への霊魂の移転である。

またもし、死がすべての感覚の消失であり、夢ひとつ見ない眠りに等しいものならば、死は驚嘆すべき利得とさえいえよう。というのは、思うに、もし人が夢一つ見ない熟睡した夜を選び出して、これをその生涯中の他の多くの夜や日と比較してみて、その生涯の幾日幾夜をこの一夜よりもさらに好くさらに快く過ごしたかを正直に述べたとすれば、それは、数ええるほどしかないであろう。

しかし、私はもう去るべき時が来た。私は死ぬ為に、諸君は生き長らえるために。もっとも両者のうちのいずれがいっそう良き運命に出会うか、それは神より外に誰も知る者がない。

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