定年後の読書ノートより
「国家と革命」再読、レーニン著、岩波文庫
国家とは、相争う階級が、無益な闘争のうちに、お互い消耗させない為に、階級の衝突を緩和し、社会を秩序の枠内に保つべき、外見上社会の上に立つ権力である。

国家は、社会から生まれながら、社会の上に立ち、社会からみずからをますます疎外していく、国家権力のことである。

国家の存在は、階級対立が和解されえないものであることを証明している。

国家とは、階級支配の機関であり、1つの階級により、他の階級の抑圧の機関であり、階級の衝突を緩和しつつ、この抑圧を合法化して、強固なものにする「秩序」を創出する機関である。

国家は公的暴力を創設する。この公的暴力は、武装した警察、常備軍のみならず、監獄やあらゆる種類の強制施設から成立っている。

警察と常備軍は、国家権力の暴力行使の主要な道具である。俗物どもは、常備軍とか警察の必要性を、社会生活の複雑化とか、機能の分化などを引き合いに出して、基本的なことをぼかし、国民を眠らせようとする。

国家は、階級対立を抑制しておく必要から発生したものであるから、支配階級は、国家を媒介として被抑圧階級を抑圧する。

国家は永遠の昔から存在すべきものではない。経済的発展の一定の段階において、社会は階級への分裂が必然的となった。階級は、その発生が不可避であったと同様に、不可避的に消滅するであろう。階級とともに、国家も不可避的に消滅する

レーニンはこの書を著わしたのは、1917年8月だった。レーニンはこの書で、ブルジョア国家からプロレタリア国家への交替は、暴力革命とプロレタリアートの独裁なくしては不可能だと強調している。しかし、この書でレーニンが展開している暴力革命とプロレタリアートの独裁は、もはや今日の階級間力関係の現実から、労働者階級は回避可能であると断言されている。

レーニンはこの書の中で、完全な民主主義は暴力革命とプロレタリアートの独裁を経て、始めて完全に機能するとし、かつ完全な民主主義は国家の運命と同様、間もなくして、死滅する運命にあると書いている。民主主義もまた国家であり、国家が消滅するとき、民主主義もまた消滅するという。しかし現在我々の見かたは、真の民主主義確立によって、我々は暴力革命もプロレタリアートの独裁も回避可能であると考えている。キーワードは民主主義である。人々は民主主義をどこまで完全に定着させることが出来るかが、これが現在のキーポイントになってくる。

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