定年後の読書ノートより
騎馬民族は来た!?来ない!?江上波夫VS佐原真、小学館ライブラリー
歴史学者 江上波夫先生と、佐原真先生は、26歳の年齢差がある。しかし対談は、江上先生の包容力と人生達観の悟りともいうべき、すなわち学問は広く見渡し、前進の気構えを大切にせねばならないとの江上哲学に徹して、明るい雰囲気の中から始った。

「江上先生の仮説はどこを切り込んでも壊滅的な打撃はあたえられそうもない、あたかも暖簾に何とかというか(笑い)先生をやりこめる戦略は大変です」と佐原氏も中々心得たもの。「騎馬民族征服王朝説」と征服という言葉で表現された経緯は、ドイツ歴史学者ウィットフォーゲルの影響があったと江上先生。

日本にいつごろから馬がいたか。江上先生「馬にせよ、馬の去勢にせよ、遊牧民の生活そのものを知らないと、どれほど沢山の文献を読んでも駄目だ」と最初からはっきりと釘をさされる。現地現物経験重視の考え方は江上先生の、一貫した学者哲学でもあるようだ

征服というイメージに関して、江上先生は中国古代史の中で、騎馬民族即ち匈奴やジンギス・ハーン等がどのようにして文明国を征服していったかを語る。それは国境近くに、文明国人が自由に出入り出来るモデル都市を建設することから初める。次第にモデル都市を内陸部、中心部に広げていき、気がついた時には、国の中心部を奪われていたという、数世代をかけての平和的征服戦術であり、実に騎馬遊牧民伝来の智恵・戦略はすごいものだと説かれる。

佐原先生、中根千枝先生と江上先生との対談エピソードに触れる。

中根千枝先生、到来した騎馬民族の人口を江上先生に質問すると、2、3万と答えられる。中根さんが、ほんとうですかと反問されると、いや2、3千人にしたって、3世代もたつとすぐ2、3万人になるよと…・・。このエピソードはなかなか江上先生の人柄が出ていて面白いエピソード。

佐原氏が最初去勢の話題をだして、すぐに引っ込めたが、やがて対談の終り頃になると、再び去勢が何故日本国内には伝来しなかったかを論拠に、騎馬民族征服王朝説に反論を開始する。その反論の論拠を、佐原先生は数々の資料・定説・文献・実績等を引用し、その知見の広さ、確かさはさすがにすごいと読んでいても感服する。さすが、日本古代史の大先生江上先生も、モンゴルの現地では牛馬は去勢されていなかったと先生特異の現地現物主義を前面に防衛に努められるが、若き佐原先生の勢いにはいささか応戦しきれなくなってくる。

しかし、さすが佐原先生、どんなに激論になっても、常に大先輩に1歩譲り、決して江上先生の騎馬民族征服王朝説を追いつめるような、きつい言葉などいっさい使わない。最後に江上先生も、この対談は大変楽しかった、きっとこの対談は若い人達の参考になるだろうと感想を書いておられる。読者も清々しく、騎馬民族論争を見守ることが出来てハッピー。

しかし、今やこのお2人の歴史学会大御所も、彼岸の人となられ、我々読者としては、素晴らしい歴史学者を次々と失ったと残念でならない。

これからも、この騎馬民族征服王朝説を通じ、小生のライフワークであるシルクロードをもっともっと勉強することと、日本歴史・世界歴史の学習とをつなぐ貴重な架け橋として、この騎馬民族征服王朝説顛末記は大切にしていきたい。良い本を読んだ。

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