定年後の読書ノートより

旧約聖書―創世記―、前田護郎訳、中央公論社、世界の名著13
旧約聖書、創世記は天地創造から始る。神が天地を創造した初めにー地は荒涼混沌として闇が渕をおおい、暴風が水面を吹き荒れていたー「光あれ」と神が言った。すると光があった。神は光を見てよしとし、光と闇とを分けた。神は光を昼と呼び、闇を夜と呼んだ。夕となり、朝となって、一日が終った。

口碑伝承である。しかし、旧約聖書のこの書き出しは、どんな交響曲も及ばない荘厳にして広大な幕開けを実感する。神は6日間にて天地創造を完了した。7日目は聖日とした。「ゆっくり休んで、幸せを味わいなさい」神はなんて優しく思いやりがあるのだろう。

J神は、自分の姿に似せて人間を造った。しかし蛇の誘惑に騙された女エバは、とうとう善悪を知る木の実を食べてしまった。目を見開いたらなんとお互い裸ではないか。賢くなるとは、自らの恥じを知るということだった。

神は2人をエデンの園より追放し、労働を課した。エバは身ごもった。人間が地上に増え始めた。人間の悪が地上にはびこり、ついに神は人間を地から拭い去ることを決意した。

恐ろしいノアの洪水がやってきた。堕落した人間と動物は溺れ死んだ。選ばれたノアとその1族は救われた。神は言った。「人間というものの心は子供の時から良くないから、もうこれ以上、いのちあるものを滅ぼすのはまずいな」。神は人間の心に宿る悪を、どうにも出来ない宿命とあきらめた。人間は名をあげようとバベルの塔を築こうとした。神は人々の言語をバラバラにした。言葉が違うので、人々はバベルの塔を建てることが出来なくなった。神は人間の傲慢をたしなめた。

人々は大地あちこちに散った。神はアブラハムに言った。「私の示す地に行け」。アブラハムの妻サライは美人過ぎた。エジプト人の好色な眼をさけるため、アブラハムは妻を妹と偽った。しかしエジプト王はサライがアブラハムの妻であることを見破り、財産をつけて後宮より追い出した。妻サライは子供が出来なかった。神は年老いた2人に子供イサクを授けた。アブラハムは神との間に割礼の包皮を捧げる契約をした。イサクガ成人になろうとした時、神はアブラハムにイサクを祭壇の犠牲に供えよと命令した。アブラハムは神の命令に従った。しかしこれは神の与えた試練であった。

アブラハムは老いて、子イサクにはエウサとヤコブの2人の子があった。ヤコブはエウサの家督も、親の祝福も、すべて兄から奪い取った。ヤコブは狡知にたけていた。財をなし、名をイスラエルと改名した。神は言った。「産めよ。増やせ」。

旧約聖書、創世記の最後は、ヨセフ物語である。アブラハムから始った1族は、ヤコブの子ヨセフの代において、寄留地のエジプトで、神の約束の土地も幻のまま、結末のない終りを迎える。

ヤコブの妻ラケルを母として生まれたヨセフは、義兄達の陰謀によって、旅の商人に売り飛ばされたが、ヨセフにはいつも神の加護があり、幾つかの試練にも耐え、やがてエジプトの絶大な信任を得て、総理大臣にまで昇進する。飢餓が諸国を襲い、ヨセフの義兄達も、救いをエジプトの高官・ヤコブのもとに求めてきた。ヨセフの元にひざまずく義兄達に、ヨセフは自らを名乗りでて、かってはヨセフを殺そうとした義兄達を赦し、年老いた父親ヤコブを飢餓から救う。1族はエジプト王のはからいで、ナイル川下流ゴセンの地に、平和な生活を始める。年老いたヤコブはやがて生涯を閉じ、彼の葬式には名だたるエジプト高官も列席し、壮大なものであった。

旧約聖書、創世記の口碑伝承はここまでである。この続編が、これから読もうとしている「出エジプト記」になる。

ここをクリックすると目録に戻ります