定年後の読書ノートより
旧約聖書―出エジプト記以降―前田護郎、世界の名著13、中央公論社
経典化される前の旧約聖書とは、歴史・律法・詩・預言からなり、経典としての権威を予想して書かれたものではない。ヘブライ人という下層階級の人々が、神の義という倫理思想を民族の根本思想としようとした口碑伝承をヘブライ語に文書化したものである。従って脱エジプト記以後のエルサレムの共同体すなわちヤハウェ共同体のその後をここでは旧約聖書の全体像を結ぶものとしたい

部族連合イスラエルから王国イスラエルになった。羊飼いの少年ダビデは王サウルにつかえた。ダビデの活躍はめざましかった。ダビデを妬んだ王サウルはダビデに刺客をはなった。ダビデはイスラエルへの愛国心に燃えて、サウルと戦った。ダビデは統一イスラエル王国を建国した。ダビデはイスラエルの危機を救った救世主でもあった。しかし、ダビデの王子の代では国は荒れた。ダビデの跡をついだソロモンの治世は血の粛清で始った。ソロモンの栄華の裏に、民衆の苦しみがあった。危機を唱えたサムエルの預言。人々は強制労働で苦しみ、重税に苦しんだ。とうとう北イスラエルはアッシリアに滅ぼされ、南イスラエルはバビロニアに滅ぼさた。イスラエルの民は、世界をさまよう亡国の民となった。国難に際し、多くの予言者エリヤ、エリシャ、アモス、イザヤ、エレミヤは国家と民族の存亡をかけた動乱の中で、民族の不幸を謳い、自らも迫害の運命を受けた。この本では、イザヤ書の長編の詩が抜粋されているが、実に悲痛なしかしイスラエルの民の勇気を鼓舞するその詩は悲痛である。予言者イザヤの最後はノコギリの刑という受難であった。

アッシリアを滅ぼし、ユーフラテスからナイル一帯を治めたバビロニアは、エルサレムを包囲し、イスラエルを嘆きの町にした。紀元前586年ダビデ王朝は亡びた。囚われの兵士は、鎖につながれ、荒野を1千キロ歩かされた。捕囚の地バビロンが彼等の墓場になった。

詩編に流れる熱烈な信仰は、愛国主義的情熱を謳う。もはや完全に国家的形態を喪失し、離散の民となったイスラエルの民。ここから強力な民族主義的宗教集団ユダヤ教団が生まれてくる。亡国の悲痛が、イスラエルの民を練りあげた。

見よ、わたしはあなたを練った。しかし銀のようにではなく、苦しみの炉をもってあなたを試みた(イザヤ書48章10節)

亡国の民、イスラエルは、ひたすらにその後の歴史を救世主を待望しつつ、生きていく。

バビロニアのつぎはペルシャが、ペルシャの次にはギリシャがイスラエルを支配し、そして紀元前63年パレスチナはローマの属州として、ローマ皇帝の支配に組み込まれ、ユダヤの領主ヘデロは、徹底した親ローマ政策によって、ユダヤの人民を抑圧した。民衆は苦しみ、救世主の登場を待ち臨んだ。救世主メシアはいつやってくるのか、イスラエルの民はメシアを求めた。

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