定年後の読書ノートより
歴史とは何か、E・H・カー著、清水幾太郎訳、岩波新書
この200年間、「歴史とは何か」に対する公認の解答があった。すなわち、歴史家は歴史が進んでいくのには、方向があると信じていただけでなく、更に、この方向が全体として正しい方向であると信じ、人類が劣ったものから優れたものへ、低いものから高いものへ進んでいくと信じてきた。ヘーゲルは、一方の手で摂理を、他方の手で理性を堅く掴む絶対精神の連続的な進化の過程を認め、マルクスは世界は合理的過程を辿って発展する法則によって支配されているとし、人々はそれを信じてきた。

歴史とは、人間が理性を働かせて、環境に働きかけようとした長い奮闘でもある。現代人は、前例のない強さで自己を認識し、歴史を意識している。人間は、自分自身の考えについて考えることが出来る存在として、思惟および観察の主体でありかつ客体である。

産業革命が生んだ社会的結果は、考えることを知った人達、自分の理性を使うことを知った人達の暫時的増加である。

歴史にゴールがあるという観念は、19世紀の思想家たちがしばしば仮定した。しかし、それが役に立たぬ不毛のものであることは明らかになった。進歩の信仰とは、人間の可能性の暫時的発展を信じるという意味である。あるグループには没落の時代と見えるものが別のグループには新しい前進の始まりと見えることもある。進歩が平等で同時的であるということはないし、それは不可能なことである。

歴史では、代償を払う人間が利益を得る人間と一致するということは稀にしかない。ここにエンゲルスの有名な言葉がある。

「歴史は女神の中でも最も残忍な女神であろう。戦争のみならず平和な経済的発展においても、この女神は死骸の山を越えて勝利の戦車を引いていく。残忍なことに、男女を問わず、我々は非常に愚かなので、言語に絶した苦しみに耐え兼ねるまでは真実の進歩のために勇気を奮い起そうとはしない」。「………」。

歴史から学ぶということは、決してただ一方的な過程ではありません。過去の光に照らして現在を学ぶのは、また現在の光に照らして過去を学ぶということも意味しています。歴史の機能は、過去と現在との相互関係を通して両者を更に深く理解しようとする点にあるのです。

「歴史を研究する前に、歴史家を研究して下さい」「歴史家を研究する前に、歴史家の歴史的および社会的環境を研究して下さい。」歴史家は個人であると同時に歴史および社会の産物です。

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