定年後の読書ノート
老人読書日記、新藤兼人著、岩波新書
新藤氏はこの本の巻末に、素晴らしい光を残している。

ただじっとして、召集令がくるのを待っているだけだ。絶望的といっていい。それを抑えるのは読書だ。本の中へ没入するしかないのだ。このころ読んだ本はたいてい覚えている。夏がよかった。炭がいらない。京都の夏は暑いから、玄関の戸も開けっ放して寝た。ドロボーの心配はない。盗まれる物がない。

ある日とつぜん、召集令がとびこんできて戦争にもって行かれたら一切が片付く、と思ったりしたが、なんと恐ろしいことを考えるんだとすぐ打ち消した。妻はどうなるんだ。妻と別れたくない。妻と別れて何処へも行きたくない!と叫びたくなり、アタマがからからに乾いた。部屋が蒸し風呂のように暑いので、近くの下鴨神社の森へ本を持って行った。森はうっそうと繁り、蝉の声が降るようだった。

妻が洗面器にいっぱい血を吐いてたおれた。結核である。そのころは結核になれば死を待つほかなかった。医者が安静にして新鮮な空気を吸いなさいといった。医者はサジを投げているのだ。家の中のすべての襖と障子をとり払い、新鮮な空気を入れたが気休めに過ぎなかった。安静を保つために妻は動かなかった。生きるために、暑い夏をじっと耐えた。しかし、死んだ。死後敷ぶとんをあげると、妻の胸の下の畳が腐っていた。そしてわたしは戦争へ行った。

映画「愛妻物語」は中学時代近くの小学校の校庭で見た。今も強烈な印象で覚えている。確か、海岸を2人で歩き、やがて恋人がブランコをこぎながら「浜辺の歌」を歌いだす場面があった。2人は結婚を親に反対されながら、2人は愛を貫いた。戦争で撮影所の仕事がどんどんと縮小していく中、東京から京都に引越し、やがて妻は結核で死んでいった。

新藤兼人監督の自伝だった。そしてこの岩波新書は、当時新藤氏がどんな本を、どんな気持ちで読んでいたか、みずみずしい筆で書いておられる。「浜辺の歌」を遠くに耳にしながら、胸ふるわせながら新藤氏の読書遍歴を伺った。生きるということと、本を読むということは最も近い位置で結びついていることをあらためて実感した。

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