定年後の読書ノートより
「現代の社会科学者」再読、富永健一、人類の知的遺産(79)
すでに、1度読書ノートに記した作品ではあるが、興味深い論文として忘れ難く、もう1度読書ノートを作り、富永氏の主張を整理したい。

氏は、現代社会科学を実証主義と理念主義というの2つの対立する思潮に類別している。

実証主義とは、諸事象を個人差なしで同一の結論に達する客観主義。科学1元論。認識者の価値とか理念とかに基く認識結果に影響しない経験主義。

一方理念主義とは、個人毎に主観的要因が認識結果を左右する主観主義。客観的認識は成立しないとし、普遍化への指向がない。論理学や数学や統計学のような推理規則の技術学を社会科学に持ち込むことをきらう。測定とか数量的データ処理というような方法を社会科学に持ち込むことをきらう。

マルクス以後の社会科学を対立する2つの思潮に位置づけた富永氏の視点は注目される。

1883年マルクス没、1895年エンゲルス没。彼等は弟子を持たなかった。1899年ベルシュタインは、マルクスの窮乏化理論と、資本主義の崩壊必然論は経験的事実に適合しないとし、マルクスにそのような事実に反する未来予想を立てさせた原因であるヘーゲルの弁証法は従って誤りであると「社会主義の諸問題」を通じて明らかにし、マルクス主義の中核部分を批判した。ベルシュタインこそ、実証主義の観点からする理念主義的マルクス主義への批判であった。ベルシュタインと論争し勝利したカウッキーも、レーニンとの争いで背教者の烙印を押され正統マルクス主義の地位を失った。

正統派マルクス主義がロシアに移ったということは、正統派マルクス主義は先進産業社会のものではなくなったことを意味する。

先進産業社会でマルクス主義が生き残る道はどこにあるのか。

ここで富永健一氏は、マルクス主義は、実証主義社会科学としての側面を断念し、これを切り捨てて、理念主義に徹する道しかなかろうと予測する。

この富永氏の論文は1981年に発表されたものであるが、10年後、社会主義国ソ連は崩壊し、同時に後進諸国での社会主義の実態たるや、実証主義としてのマルクス主義とはほど遠いものであったことが実証された。

正統派マルクス主義は再び先進産業社会へ戻され得るのだろうか。

ソ連や中国の大国覇権主義に抗し、堂々と自主路線を守った日本の立場にこそ、正統派マルクス主義として期待され得るのではなかろうか。そして今日本で進められている民主化路線こそ、正に正統派マルクス主義に所属する実証主義ではなかろうか。

ここをクリックすると目録に戻ります