定年後の読書ノートより
どうしたら幸福になれるか再読(2)、WBウルフ、岩波新書&一光社
第1章、基本原理についてー人生は芸術であるー

人生態度には大きく3つある。人生をどう生きるかなどに惑わされず、平穏無事にサラット受け流す、カブラ菜哲学の人生。第2は人生をあたかもビジネスであるかのように見なす競争主義哲学の人生。この傷痕がどんな災いをもたらすかは、常に見過ごされている。第3の人生態度は、芸術家のように人生を受け止める生き方。この生き方の底に流れる考え方は「自分はそこに何を入れることが出来るか」である。

幸福に生きるとは、芸術であって、およそどんな人でも、わずかな知性と勇気とユーモアのセンスを持っていれば、良き生活が得られる、生活の資質である。

幸福は、よき生活というものに投資したことによって、増える利子みたいなものだ。

多くの不幸は、一握りの粘土で、大理石のりっぱな彫像を作り上げようとする失望から出発している。失望の大部分は、無知から始っている。我々は、人生というものを、彫像をつくるように刻んでいくものだ。しかし、デザインの着想は、大抵は良くない。そのデザインは、材料や手法について、まだ良く知らなかった時期においてつくられてしまったものだから。

人間は幼少時の経験の集積によって出来上がった一定の形をずっと守り続けていこうとするものだ。人間は、自分の行動の形が未熟なものだと認めるのは大変難しい。

個人個人の行ないは不思議なくらい違っているにも関わらず、人間の間には似通っている点の方がはるかに多い。

1)どんな人も、子供として、彼の不完全さを経験する。2)あらゆる人間が、完全な、全きものになるという目標にむかって成長する。3)ひとりの人間の人生の目標は、ふつう、彼自身の満たされないものについての完全なつぐない、あるいはつぐない過ぎ、というかたちであらわれてくる。4)ある個人の生き方の目標は、彼の判断力がまだ未熟な時代にできてしまう。だからそれは、ただそんな気がした程度の欠点の埋め合わせといった形で現れてくる。大人から観るとひどく幼稚な理想目標として身につけられることが多い。だから、われわれの人生目標は、我々自身の劣等意識と優越感や充実感についての解釈如何に左右されているもので、あるがままの事実によって選ばれたものではないのだ。5)どんな人生でも、マイナスと思い込んでいる境遇から出発して、プラスと考えられた目標に達しようとしてつくりあげられた形をなしている。目標についての着想と目標意識がひとたび無意識の中で固まると、それは磁石のような作用をして、それに向かって全力を傾けさせる。6)人間は自分の形に合わないことは何もできない。7)人生の目標は幼少時にきまってくる。そうして、前にあげた心の慣性の法則に従って、それはずっと持続するものだ。外部からか、その人の内側からか、何かの変革が起こらない限りは。8)人間は集団のなかでずっと生きてきたし、またずっと生きていかねばならない。9)人は誰でも、自分の人生の形にぴったり会うように彼の経験を調整するものだ。10)あらゆる人がその生涯に解決しなければならぬ3つの問題がある。社会の問題としごとの問題と性の問題がこれだ。11)人がその無意識な人生目標を追い求めて使う道具と手法の総体がその人の品性と人となりをつくりあげる。12)幸福は、人間として完全に、よく生きる、ということについてくるものなのである。

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